山中鹿之助にインタビュー
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ハガクレ
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今回は戦国時代の忠臣と言われている山中鹿之助さんでーす!こんちわっ
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鹿之助
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こんにちは
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ハガクレ
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おっ!なかなかのイケメンですね!イケメン+義理堅いとあっちゃあ、こりゃもう人気ですよね〜
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鹿之助
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どうもありがとうございます
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ハガクレ
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早速ですがチャチャっと生い立ちを聞いていきましょう!
え〜山中さんはどんな感じで育っていったんですか?
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鹿之助
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はい。僕は尼子家の重臣である家で生まれました。母が大変厳しい人で、尼子家のために生きるよう僕を育てたんです
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ハガクレ
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へぇ〜。主家のためにがんばれ!って感じで育てられたんだ
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鹿之助
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はい。近所の子供たちとともにいつも稽古をしていました。その仲間達は後に僕の家来になってくれ、おおいに僕を助けてくれました
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ハガクレ
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なるほど
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鹿之助
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僕には兄がいたんですが、とても病弱だったため、僕が山中家の家督を継ぐことになり、尼子義久様の家臣となったのです
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ハガクレ
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ふむふむ
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鹿之助
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その時、僕がどうしても欲しかった甲冑も一緒に譲られました。
僕は大喜びで「我は主家を必ず守る!願わくば我に七難八苦を与えたまえ!」と言いました
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ハガクレ
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あっ!それが有名な七難八苦を与えたまえ!とゆーフレーズですねっ
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鹿之助
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はい。お陰様で本当に七難八苦の人生となってしまいましたが・・・
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ハガクレ
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・・・笑えないデスネ・・・。
え〜、その頃は主家である尼子家はどんな感じだったんですか?
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鹿之助
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正直、かなりまずい状況でした。
尼子経久様と、ご子息の政久様がガンガン勢力を拡大しておりましたが、あまりに急な拡大だったため、家臣らの調整が追いついてなかったのです
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ハガクレ
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その前に、尼子家の流れって教えてもらっていいですか??
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鹿之助
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はい。尼子家は経久様が中国地方で有数の戦国大名に発展させました。
その後を継いだのが孫の晴久様です。この辺りから同じく中国地方の大名・毛利家と争い始めました。
そして晴久様の子である義久様が後を継ぐ頃には毛利家の力がかなり強くなってきてしまったのです
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ハガクレ
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鹿之助さんはその義久さんの家臣だったわけね
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鹿之助
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はい。そして毛利元就は、自分の孫・輝元のため、「自分がまだまだ健在なうちに、尼子家を潰しとこう」と総攻撃をかけることになったのです
元就得意の謀略で、「尼子家一番の家臣宇山久信は毛利とつながってます!」と噂を流し、当主尼子義久はそれを信じて宇山を殺してしまったりと尼子の家臣らも乱れまくってました。
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ハガクレ
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元就さんの謀略テクニックはすごいものがありますからね〜
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鹿之助
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元就は、「降参すれば許してあげますヨ」と尼子家臣らに言ったので尼子家臣はどんどん毛利側に逃げてきました。
とどめに、尼子義久様に対して「命は助けてやるから降参しろ!」と言い、「とうとうここまでか・・・」と義久様は降伏してしまったのです
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ハガクレ
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なるほど〜。尼子家は毛利元就によって滅亡となったんですか
じゃあここで鹿之助さんも歴史舞台から降りたわけですね
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鹿之助
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いいえ!僕は尼子家再興のために立ち上がりました
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ハガクレ
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そうなの??
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鹿之助
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はい。僕はそれから山伏の姿になり軍法を学んでいました。
実は各地の戦国大名からスカウトが来まくりましたが、僕の心は常に「尼子家再興」でした。
そんな中、尼子政久様の弟の国久様から始まる一族の「孫四郎」様が京都の僧になってるという噂を聞いたのです。
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ハガクレ
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へぇー!!
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鹿之助
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義久様が毛利元就に捕らえられているため、僕は孫四郎様に会いに行きました
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ハガクレ
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どうだったの??
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鹿之助
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孫四郎様は自分は尼子家ゆかりの者とは思ってたけど、一度滅亡した尼子家再興のために僕がやってきたことをかなり驚いておりました
が、説得により名前を「尼子勝久」と改め尼子家再興のため立ち上がる決意をしてくださったのです
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ハガクレ
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ほお!!
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鹿之助
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このニュースはたちまち広がり、尼子家の遺臣たちが各地から集りだしました。
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ハガクレ
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へぇ〜。皆来てくれたんだ
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鹿之助
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そうなんです!中には他の戦国大名のトコで、かなりいい地位までいった人もいたんですが、恩のある経久様のため、尼子家再興に賭けその地位を蹴ってやってきてくれたのです
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ハガクレ
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よかったですねぇ!
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鹿之助
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そして1569年に300人の旧家臣らと出雲奪還を合言葉に京都から出雲へ向かいました
出雲へ向かう最中、尼子家が滅びたことによりツライ立場になった方々も加わってくれ、出雲に入った頃には兵が3000人に膨らんだのです
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ハガクレ
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そして出雲奪還できたんですか!?
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鹿之助
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・・・・。この頃毛利元就は大友宗麟とバトルしていたんです
我々が来たことを知った元就は、せっかく勝ってた大友宗麟との勝負を捨て、尼子家の対策の方にやってたのです
まさか元就がやってくるとは思わず、我々尼子軍は毛利に負けてしまいました
鹿之助らは一度逃げて、またも再興に奮闘するのです。
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ハガクレ
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がんばりますね
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鹿之助
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次は1573年に、織田信長を頼って尼子再興をめざし立ち上がりました
ちょうど豊臣秀吉が中国攻めを行っていたので、それとともに毛利と戦うことになったのです
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ハガクレ
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へぇーーー!
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鹿之助
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ですが尼子と毛利が戦っている最中に、秀吉が「尼子の処置は毛利にまかせる」と、毛利家と一時和睦をしてしまったのです
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ハガクレ
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そうなの!?
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鹿之助
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そのため秀吉の兵がでなくなり、我々は敗北してしまったのです。勝久様は自刃してしまいました
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ハガクレ
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鹿之助さんは??
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鹿之助
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僕も勝久様とともに自刃しようかと思いました。が、思いとどまったのです
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ハガクレ
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なぜ?
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鹿之助
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その時もなお、尼子家再興を志していたからです
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ハガクレ
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・・・・・
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鹿之助
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僕は安芸に送られることとなりました。が、その最中に斬られてしまったのです
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ハガクレ
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えっ!!死んじゃったんですか!!
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鹿之助
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はい。僕を生かしておくのは危ないと思ったんでしょう。送られる途中で殺されてしまいました。34年と短い人生でしたが、僕はずっと尼子家のために生き、尽くし、満足しております。ただ、尼子家再興ができなかったことだけが心残りですが
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ハガクレ
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でもでも、いいニュースもありますよ!戦国時代は主家をコロコロ変える時代だったじゃないですか!でも、その後の日本は「忠義」をすっごく大事にする国になってきたんで、鹿之助さんは江戸時代とかめっちゃ人気だったんですよ!!武士の鑑として賞賛されまくりでしたよ!!
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鹿之助
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そうなんですか?
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ハガクレ
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それにね、鹿之助さんの長男は商人になったんですよ。でね、鴻池とゆーめっちゃくちゃ金持ちになったんです!現在でも続いてるんですよ!えーっと三和銀行(今は東京三菱UFJ)ってのを作ってね、鹿之助さんの血は今でも頑張ってるんですよ〜
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鹿之助
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それはよかった。ホッとしました
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