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性と愛の日本史
松平忠直
松平忠直は徳川家康の次男・結城秀康の息子であります
結城秀康が34歳という若さで死んだため、13歳の忠直が越前68万石を継ぐことになりました
20歳を過ぎた頃から残虐性が出てくるようになります
原因は一人の女性
ある日、忠直が夕涼みをしていると女性の絵が描いてる紙切れが落ちていました
絵に書かれた女性が思いっきり自分のタイプだったので、側近達に「この絵にそっくりな女を捜して来い」と命令
側近達は探しまくりましたがなかなかいない
で、とうとう関ヶ原まで行き、やっとこさ似てる女性を探し当てました
その女性は「おむに」という問屋の娘で、ものすごい美女でした
忠直は一目見るなり気に入り、「お前なら一国と引き換えにしてもいいくらいだ」ということで「一国」と名づけ寵愛しました
このおむにがとても残虐性のある女性だったのです
ある日おむにが忠直に言いました
「私は女だから、今まで人間が死ぬところを見た事がないの。一度くらい人間が死ぬところを見てみたいので、お願いだから見せてくれませんか?」
忠直はおむにが大好きなのですぐOK
すぐさま家臣に命じて、死刑が確定している罪人を連れてきて、斬り殺しました
これを見たおむには大喜び
嬉しそうな嬌声を上げ、忠直に感謝しました
忠直はおむにの歓心を買いたいので、次々と罪人をつれてきては斬り殺しました
が、死刑確定の罪人はそんなにいないので、仕方なく窃盗などの軽い罪で入牢している罪人も斬り殺すようになったのです
そしておむにはそれを見て喜ぶのでした
そのうち忠直は、側に仕える小姓が少しでもミスをすると問答無用で斬り殺すようになりました
さらに小姓に高い木に登らせ、落ちるように命令
小姓が転落し、頭を打って死ぬと、おむにとともに爆笑するように
次第に残虐さが増してくる忠直ですが、ますます残虐性をプラスにする人物が出てきました
それが小山田多聞
この人も残虐で、おむにに取り入り、何でもいうコトを聞きました
農家に押し込み、数十人を捕らえて城へ連れて行き、刀の試し斬りの生贄として忠直にプレゼントしたりするように
もはや家中ビクビク状態になっていったのです
忠直は堕落し、おむにを傍らに置き一日中酒を飲み、気に入らないことがあるとすぐに斬り殺す
おむにがそれを見て興奮し、忠直との性に狂いまくる
忠直は石のまな板という処刑台を作り、頭を打ちくだいたり、妊婦のおなかを裂いたりと残虐の限りを尽くしました
忠直が惨殺したのは一万人以上とも言われています
さらに正妻の勝姫をも殺そうとしました
これは侍女が身代わりとなって殺されるという悲惨な結果になってしまったのです
とうとうこの残虐非道な暴挙が二代目将軍秀忠の耳に入ることになりました
そしてついに忠直は隠居を命じられ、配流となったのです
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