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戦国三大軍師
2005・12/11

軍師

戦国時代において、大将のそばで軍略・戦略を考え、実行にうつす人のことを言う。策士とも呼ぶ

なーーーーーんとかっこいい響きでありましょうか!

今回は「軍師」として歴史に名を残した人をピックアップしていきたいと思います!

まず、ワタクシ的に「軍師」として思いつくのは山本勘介

戦国一の醜い顔と言われ、武田信玄の右腕として活躍した人であります

この人、有名なわりにはイマイチ謎に包まれたお人

それがまたいい

もとは今川家にいたらしいが、あまりにもブ男なため今川家で嫌われまくった

そして旅をしつつ城の攻略法などを独学で学んだ

頭の中にはスバラシー知略が詰まりまくっていたというのに、あまりにも醜いため誰も使おうとしなかった

そんな勘介に救いの手を差し伸べたのが武田信玄

信玄は勘介を見た時に、勘介の人間性を見抜き召抱えた

勘介は使いたかった溢れる知略を使わせてくれる場を与えてくれた信玄に感謝し、その才能を惜しみなく使う

信玄に目が三つできたといわれるほど活躍したが、その目がとうとう曇る時がきた

曇らせた相手が上杉謙信

川中島の合戦において、勘介は「啄木鳥戦法」という作戦を実行する

が、知略にかけては謙信も負けてはいない

勘介の作戦をみやぶり、別方向から本陣めがけてやってきた

こうして本陣VS本陣というありえない図が川中島ではできあがってしまったのです

作戦失敗とわかった勘介は「全てわしの責任じゃ」と、単独で敵陣へ突っ込んでしまった

こうして勘介は戦国の世から消えることとなったのです

死を覚悟して敵陣に突っ込むのは美しいが悔しい!!

信玄は勘介がこのように死んだことを知ると「ばかめ!!」と怒鳴り、その後泣いたそうです

確かに作戦は失敗したけど、生きて、これからも武田のために頑張って欲しかった人物であります


お次の軍師は竹中半兵衛&黒田官兵衛のベーベーコンビ

ちなみに上に書いた勘介とこの二人、あわせて三人がよくいう「戦国三大軍師」です

ハンベーとカンベーの軍師としての違いは「野望」

ハンベーは戦略を考えるのが好きな子供タイプ

カンベーはそれプラス野望を持ってる大人タイプ

そしてこの二人、同時期に豊臣秀吉の軍師としてつかえていました

まさに秀吉の初期段階の天下統一ゲームの立役者なのであります

そしてこの二人がいなければ、秀吉は天下統一ゲームを制覇できなかったでありましょう

タイプの違うこの二人はよく揉めた(であろうと思われる)


ある日カンベーが

「なんで俺、こんなに活躍してんのにご褒美少ないわけぇ?ほら、見てよハンベー!秀吉ったらさ、誓紙にまで俺にご褒美くれるって書いてんのにさ!ひどくねぇ?」と、ハンベーに見せたところ、ハンベーはその誓紙をカンベーの目の前でびりびりやぶったのです

カンベーびっくり!!

「ちょ、ちょっと何すんだよ!」と怒ったところハンベーは

「こんなもんがあるとマジメに仕事ができんだろ!」と言ったのです

が、もめてたくせに仲がよかったこの二人



ある時、あの織田信長を裏切った荒木村重という武将が現れた

信長の部下であった秀吉は「カンベーって村重の知り合いだよな?ちょっと村重を説得してきてよ」とお願い

が、村重は説得にきたカンベーを牢屋に閉じ込めてしまったのです

信長は「カンベーはどうした!まさかあいつ裏切って村重の城でのんびりしてんじゃねーの!?くっそーーー!こうなったらカンベーの息子を殺せぇ!」と命令

が、ここでハンベー「カンベーが裏切るはずがない。だけど信長に意見を言っても無駄だから、ここは処刑したっつって、息子を助けてあげよう」と考えた

のち、カンベーは救出され、裏切ってないことを知った信長

「うっわーーー!やべぇ!カンベー裏切ってなかったんだ。息子殺しちゃったよ。どーしよ」

が、ハンベーがこっそり助けていたことを知り、めちゃくちゃ安心

この時、ハンベーに助けられた息子がのちの黒田長政

こうして、黒田家と竹中家は仲良しに

関が原の合戦では、竹中家は西軍になるんだけど、黒田長政はハンベーの息子を東軍に引き入れた

こうしてこの二つの家は、江戸時代もずーーっと仲良し

戦国時代を代表する軍師のおっとこらしー家つながり。いいですねぇ


ちなみにハンベーは若くして病気になり死んでしまいました

カンベーはというと、あまりの頭の良さにしだいに秀吉から疎まれ始める

関が原の合戦が始まると、九州にいたカンベーは兵をあげ、最終的には家康をも破り、自分が天下をゲットすべくもくろむのですが、なんと関が原の合戦が一日で終わってしまい、カンベーの野望は幕を閉じました

さらに悔しいことに関が原で東軍勝利に一番貢献したのが息子の長政

複雑だったでしょうね・・・

そんなカンベーの好きなトコはあの時代において奥さん一人を愛し続けたこと

さらに死ぬ前に、すごい口うるさいじーさんになって家臣たちを困らせた

息子の長政は「おとうさん、いい加減にしてくださいよ!みんな困ってますよ!」といさめた

するとカンベーは「このバカ!わしが口うるさい嫌なじじぃのまま死んだら、家臣はお前が新当主になった時、ほっとしてお前が新当主になったことを喜ぶだろ!」

そう、自分があまりにも優れていたため、家臣はカンベーと長政を比べて「長政でこの家、平気かいな?」と不安だった

ここでカンベーがもうろくしたじーさんとなることによって、家臣らが「早く死んでくれないかな。長政さんが新当主になってほしいよ」という声があがるのを待っていたのです



さて、戦国三大軍師をさらっと紹介しましたが、このほかにも戦国を代表するかっこいい軍師・策士はまだまだたくさんいます


上杉景勝を支えた直江兼続

伊達政宗を育て上げた片倉小十郎

石田三成に最後までついていった島左近

主君より軍師のほうが有名な山中鹿之介

信玄に仕え、息子昌幸・孫幸村とも有名な真田幸隆

謀略にかけては天下一品の非情な家康側近 本田正信

天下取り3人を渡り歩いた藤堂高虎

敵からも尊敬された立花道雪

家臣でありながら36万石の大名に駆け上った鍋島直茂

今川を支え続けた太源雪斎

などなど、戦国にはシビレル軍師がわんさかいるのです

機会があったら、三大軍師以外のこともコラムってみたいと思います♪