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うんこのお話(笑)
H18.4月

歴史において、衣食住のことについては色々語られてるけど、なぜか触れられていないのがうんこ

うんこうんこ言うな!って感じですが(笑)、人間生きてりゃ誰だってうんこする

なのになーーーんでうんこについてあまり歴史の勉強に出てこないのかな?
ってことで、ココではうんこ・・・というより「トイレ」について語らせてくれ〜


さてさて、古代では人間は川でうんこをしてました

流れた排出物は小魚が食べてくれたりしてました

のちに川にロープが張られ、ロープにつかまってうんこするように
うんこと一緒に自分が流されたら大変だからねぇ

ってことで、日本ではトイレのことを「カワヤ」と呼ぶようになるんですねぇ

川が近くに無い人はもちろんその辺でうんこしてた
まさに垂れ流し状態だけど、人もそんなにわんさかいないし、鳥とかが食べてくれたので大丈夫だったんですねぇ

が、平安時代になってくると大きな「都」ができてきました

都に人口が集中するので、そのへんでウンコしても食べてくれる鳥の量よりウンコの量が多くなってきちゃったんですねぇ

そのため「伝染病」が大流行したりしちゃったのでした

ちなみに古代において「うんこ」は穢れたものとされていました
うんこを撒き散らすことは「罪」とされていました〜

貴族はというと、男の人は屋敷の中に「御樋殿(みひどの)」というトイレがあったんだけど、女の人にはトイレがなかった

というのも、この頃の貴族の女性は家から出ちゃいけないので、部屋に「おまる」が置いてあったんですよ

「樋箱(ひばこ)」といううんこ用の箱があって、そこにうんこしてました

で、ちゃーんと樋箱係りがいて、貴族のお姫様のうんこを捨てにいくのです
そのため、お部屋にはうんこの匂いが充満するため、香をたきまくって匂いを消したのでした

さてさて、武士の世の中になってくるとうんこの扱いも変わってきました
鎌倉時代にはうんこは大事な田畑の肥料となってきたのです

その風習は室町・戦国と続き、戦国時代になるとうんこにお金を払う大名も出始めました

戦国大名達は、自分の領地の収益を増やそうと、原野を開墾させて畑をひろげました
で、山や野原からとれる草肥じゃ足りないっつーことで、うんこを買うようになったんですねぇ

となると、うんこで儲けよう♪とする人が現れた

人の多いところに「公衆便所」を設置したり
といっても、穴を掘って、周りをいたで囲うだけの簡単なものだけどね
それでタダみたいな公衆便所で、勝手に人がうんこしてくれるので儲けられたんですねぇ


ちなみにこの時代にやってきた宣教師のルイス・フロイスは「公衆便所の臭さには耐えられない!」と言っていました
ついでに「日本ではうんこを汲み取る人が、便所の持ち主にお金を払ってる!欧米と逆だ!」と不思議がってました

ってことで、うんこは大事な肥料となっていくんですねー


江戸時代になってからもうんこは肥料として重要

長屋の大家さんなんかは、住人のうんこを売る権利を持っていて、その売り上げでかなり儲けた


さらに京都の嵐山など花見でにぎわう時には、近くの百姓が「一回三文!」と有料トイレを作ったり


うんこは肥料として戦後まで続きました
肥溜めとかあったの知ってるかな?

でも現在はうんこに代わる肥料ができちゃったので、いまやうんこは無用のモノとなってしまいました

うんこの再利用、ないもんすかねぇ?

って、あったとしてもやりたくないかも(笑)