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戦国大名と家臣たち
2005・7/1
戦国時代

群雄割拠の時代に、各地のお殿様たちは家臣と共にどうやって国取りを推し進めてきたのか??

果たして戦国のお殿様は家臣をどのように使ってきたのか!?

まず家臣をブレーンとして上手に使った代表選手は武田信玄と徳川家康

武田信玄は「武田二十四将」というナイスな手駒がいました

信玄は本当に家臣に恵まれてた

二十四将の半分は、信玄が追放したお父さん信虎時代の家臣(板垣信形・小幡虎盛・萩原昌勝・飯冨虎昌・原虎胤ら)だったんですが、それでもこの老臣たちは信玄のために忠誠を尽くす

それはなぜか?

信玄が老臣たちの意見をとても取り入れたから

合戦するにも家臣たちの意見に聞く耳をもち、老臣にも活躍の場を与えていたから

さらに信玄が新たに取り立てたり教育した家臣も粒ぞろい

山本勘助・高坂昌信・馬場信春・山県昌景・真田幸隆・穴山梅雪などなど、全て一国の大名になる素質がありまくり

とにかく家臣が信玄についてきた

それは信玄が家臣を信頼していたから

合戦時、ちゃんと会議をし、一緒に考えるのでブレーンの頭も回転する。そのようにいい方向に進んでいった信玄とブレーンたち

が、結果は信玄亡き後、勝頼が後を継ぎ、勝頼が老臣たちの意見をまったく聞かなかったため武田家は滅びてしまったのでした


同じく家臣を信頼していたお殿様は徳川家康

つらーーーい今川家での人質時代

三河に残った家康の家臣たちは「殿(家康)が戻ってくるまでの我慢!殿だって辛いんだ!殿が戻ってきた時に困らないよう、俺達頑張ってお金を貯金しとこうぜ!」と武士でありながら農業をしまくった

プライドを捨て、苦労しながら自分の帰り待ってる家臣の気持ちを知った家康は、家臣を大事にするのでした

その団結力を豊臣秀吉がめちゃくちゃうらやましがった

家康は生まれた時から「お殿様」なので、昔からのお殿様思いの家臣がいたけど、秀吉は農民出身なのでそういった忠実な家臣がいない

子供も生まれないので、養子をもらうしかない

そのため妻の「おね」の兄の子だとか、親戚だとか、とりあえず少しでも血縁関係のある人を受け入れまくった

加藤清正・福島正則なんかもその類で、秀吉に褒めてもらおうと必死で戦いまくり

が、秀吉は戦い屋チームと石田三成のような政治屋チームにわけ、同じようにご褒美をあげた

これには戦い屋チームがムットする

なぜか?

それは「俺らは命を賭けて前線で戦ってるのに、政治屋チームは安全なトコで支持してるだけじゃねーか!」というもの

が、戦い屋チームが戦えるのは、政治屋チームが物資の運送など、縁の下の力持ち系を全てきちんとやってくれてたから

秀吉はそのへんをきっちり見て、ご褒美をあげてたわけだけど、戦いがメインの戦国時代においてはソロバン使いのやることをバカにしてたわけです

が、結局は秀吉の死後この二つのチームは争いまくり、関ヶ原の戦いに突入しちゃうのでした

そんな秀吉の元・上司だった織田信長ですが、この人はかなりのワンマン経営

自分以外の人間をバカにしくさっていて、「なんでこれくらいができんのだ?」と軽蔑しまくり

「参謀(ブレーン)ってのは頭がよくなきゃならんのに、なんでバカばっかなんじゃー!」とブレーンなんていっさいいらず、全てこのオレ様の言うことを聞いてりゃいいんだ状態

つまりは自分(信長)が天才すぎたのです

お父さんの時代からいる柴田勝家や滝川一益なんかは、戦わせればそこそこいい働きをするが、すべて信長の命令どおり

つまりはイエスマン

とにかく1を命令して10をやってくるヤツがスキだった

そのためいくら昔からいる家臣だろうが、バカはほっといて、農民だろうが何だろうが頭のいいヤツを出世させまくった。

それが豊臣秀吉

かろうじて後から家臣になった秀吉と明智光秀は、それまでの家臣とはちょっと違い、「ちょっとだけNOと言える家臣」だった

いっとくが「ちょっとだけ」

小利口な秀吉は信長に命令された範囲内で、信長をたてながらすこーしだけ「自分の意見を言ってみる・・・」といった感じ

その点、インテリ光秀は信長のはちゃめちゃな常識ハズレの行動を直撃意見した

光秀にしてみれば、信長の比叡山延暦寺焼きうちなんて、神をも恐れぬ行動だ!と、当時としては当たり前の意見を言ったんだけど、常識知らずの信長には一切通じない

むしろ信長にしてみれば「オレが神」

そのため信長に生意気なヤツめ!とチェックされ、いじめられるエブリディ

プチノイローゼになった光秀は、とうとう主君・信長を本能寺の変にて殺しちゃうのでした

主君殺しといえば、斎藤道三ですが、やはりこの人にもいい家臣はいなかった

なんせ主君を殺して、そこのお殿様になったわけだから、当然そこの家臣たちは納得できない

家臣たちは親身になって道三をもり立てようとはしなかったので、道三は1人で全てやってのけた

同じようなタイプに上杉謙信もいる

謙信は道三と信長を足して割ったような感じ

家臣はいるが、やはり天才だったので全て1人で決めてやってのけた

信長みたいにインパクトはないが、よくよく考えると上杉家の家臣でメジャーなのはあまりいない

確かに謙信の戦略や戦法はめちゃくちゃ優れていて、戦えば勝った

つまりは謙信の言うことを聞いてりゃ、勝てる!ということ

そのため家臣たちはあまりでしゃばらず、黙々と謙信の言うことを聞いた

謙信は他の戦国大名と違い、領地ゲット欲というのはあまりなかったが、名誉欲はかなりあったため、家臣たちは謙信の名誉欲を満足させるための戦いを強いられたことも・・・

家臣を信用していない大名の代表は毛利元就

この人のブレーンは「身内」だった

というのも、元就は27歳で毛利家の家督を継いだんだけど、この時お父さんが指名した後見人に騙され、領地を盗られてしまったから

それからは「他人を信用しない男」になってしまった

そのかわり、三人の息子(長男隆元・次男 吉川元春・三男 小早川隆景)を大事にしました

三本の矢という教訓まで残し、この3人は結束を固め毛利家を守り立てるよう言い聞かせました

が、実際次男の吉川元春と三男の小早川隆景は「なんでオレラだけ養子に行かされなきゃなんねーの?アニキだからって毛利家を継いじゃっていい思いしやがってよぉー!」と文句タラタラ

が、都合よく(?)隆元が早死にし、幼い輝元が新当主に

こうなると弟2人は「なんだよー!あんなチビッコじゃ、俺らがついてやんなきゃダメだよなー」と、結束を固めるのでした


さてさて、戦国時代の代表的な武将の家臣との付き合い方を語ってきましたが、ワタシが個人的に一番スキなボスと家臣の関係は

上杉景勝と直江兼続ですネー♪

あとはやっぱり武田信玄と家臣たちもいいですね!なんといっても武田家は家臣達に魅力溢れる人材が多すぎる!勝頼によって武田家が滅びたからこそ「滅びの美学」によってますますいい味を出すんだろうなぁ

徳川家康と家臣達もいいんだけど、やっぱり江戸幕府を作り始めた頃から「戦い屋」チームが可哀相な立場になっていくのが辛い

太平の世になっていくので、戦いの場がなくなってくる。そうすると今まで戦いによって戦功を治めていた四天王なんかが気の毒な立場に追いやられていく

大久保家の門外不出の本「三河物語」なんて辛すぎるよね


ということで、家臣団で一番スキなのは武田家

ハガクレ★カフェの歴史の流れにも武田家のことを多く書いているのは
個人的にスキだからなのでした♪



   

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