磯良物語


磯良   いそら

雨月物語の中にある「怨霊」となった女性の名前です




昔、吉備の村に正太郎という男がおりました

正太郎はだらしのない遊び人で、両親はいつも心配していました

そこで両親が正太郎の嫁にと見つけてきたのが磯良だったのです


磯良は神社の神主の娘で、和歌も詠める風流な娘でした

それにたいへんな働き者

朝早くから夜遅くまで、一生懸命働くのです

両親は大喜びでしたが、正太郎はよくできた嫁・磯良の顔をみるだけでうんざり

毎日毎日遊び歩くのでした


さらに正太郎は、隣村にいる「袖」という女性にほれ込んでしまい、なんと家まで構えてしまったのです

磯良が気の毒になった正太郎の両親は、正太郎を無理やりつれて帰り、座敷牢に閉じ込めてしまいました


が、磯良は座敷牢に閉じ込めれた正太郎を気の毒に思い、正太郎を出してくれるよう頼み、正太郎をかいがいしく世話したのです


すると正太郎

「お前はいいやつだな。俺はこれからいい亭主になるよ。だが袖のことが気がかりなのだ。袖はな、身寄りがいないのだ。だから袖を都に行かせようと思っている。こんな田舎で女一人暮らして行くのは無理だけど、都なら女一人でも生活していけるだろう」

そして「磯良、すまないが袖に旅費を用意してやってくれないか?」

と、頼んだのです

磯良は「あなたは優しいお方なのですね。承知いたしました」

こうして磯良は自分の嫁入り道具を売り払い、そのお金を袖のところに届けたのです



が、




正太郎は袖と駆け落ちしてしまったのです

磯良は恨んだ

信じていた正太郎の裏切りを恨んだ

そして信じた自分を呪った




その日から磯良は食事も喉を通らなくなり、寝込む日々が続きました

正太郎さん・・・

つぶやきながら寝ていると、自分の体がゆらゆらと浮き上がっていくのを感じました

磯良は生霊となっていたのです

正太郎さん・・・正太郎さん・・・・正太郎さん・・・・



気がつくと磯良はある小さなあばら家の上にいました



するとそのあばら家の中に、正太郎がいるではありませんか


正太郎は、袖に話しかけていました

「袖、俺はお前と一緒に暮らしていきたいよ。あの女さえいなけりゃ、お前は俺の女房になって幸せに暮らせたのに・・・」

すると袖が「でも奥様は優しくていい人ではありませんか」

「俺はあいつの顔が蛇のような感じがするのだよ。それに俺はあいつの名前が嫌いだ・・・」

そう言ったとたん、突然袖が


ククククククク・・・・

と笑い出したのです

磯良の生霊が袖にとりついたのでした

正太郎は「どっどうした?」とたずねました

すると袖はうつむいたまま低い声で

「そうかい。正太郎、あんたの心根がわかったよ。あたしのことがそんなに嫌いだったんだねぇ。あたしは磯良だよ。よくもあたしをだましてくれたねぇ。許さないよ・・・」

正太郎は叫び声をあげると、そのまま小屋を飛び出していきました

そしておそるおそるあばら屋に戻ると、袖が息絶えていたのです・・・


そして「
次はお前だよ・・・・・・」と、遠くから聞こえたのでした



正太郎は袖の弔いをしました


が、その日、吉備ではひっそりともうひとつの弔いが行われていたのです・・・・

そう、磯良が正太郎を待ちわびながら死んでいたのでした



さて正太郎は、磯良の悪霊から逃れようと考えていました

そして陰陽師のもとへ行ったのです

すると陰陽師が「あなたは悪霊に取り憑かれています。このままでは殺されてしまうでしょう」


正太郎は「わっわたしはどっどうすればいいのでしょうか!?」と聞きました

陰陽師は

「これをお持ちなさい。これは悪霊から身を守る呪符です。これを家のすべての戸に張り、42日の間は家にこもって祈りなさい。そうすれば助かります。が、43日目の日の出の前に一歩でも家に出てはいけません」


正太郎は急いで家に帰り、陰陽師の言うとおり全ての戸に呪符を張りました



その夜、磯良が正太郎を迎えにやってきました


そして磯良の恐ろしい声が家中を響き渡ったのです


「ええい憎らしや!!こんなところに呪符など張りおって・・・・・」

その声は家をぐるぐるまわりながら聞こえてきました

正太郎は恐ろしさでがたがたと震えていました

すると、声が聞こえなくなったかと思うと、今度は呪符をはがそうと、強い雨や風が吹きつけてきたのです


正太郎はもう恐ろしさで布団をかぶり震えるしかありませんでした


こうして、なんとか一日目を越えることができたのです


そしてこの恐怖の夜は10日ほど続きました


ところが

11日目からはこの怪奇がぴたりとやんだのです


そして次の日も、また次の日も、何もない夜が過ぎていきました

こうなると正太郎はいつもの遊び癖が出て「早く外にでてぇなあ」と思うように

外に出たくてたまらない気持ちを抑えながら、悶々とした日々をすごしたのです



そして42日目の最後の夜・・・


正太郎は今日で終わりかと思うと、興奮して眠れませんでした

朝日が昇るのをまだかまだかと待っていたのです




チュンチュン・・・

外からすずめの鳴く声が聞こえました

「朝だ!!!」

そして戸口の隙間から明るい光が・・・・

「やった!朝だ!俺は助かったんだ!」



正太郎は急いで戸口を開けました




が、見えたのは満天の星空の明かりだったのです


磯良による幻影でした


「しまった!!!だまされたか!!」


正太郎はあわてて戸口を閉めました


が、正太郎のすぐ後ろに磯良が立っていたのです


「迎えに来たよ・・・・」








翌日、陰陽師が正太郎の家を訪ねました


そこにはおびただしい血が残されていたのでした・・・・・・