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        暗闇の日本史           







聖徳太子が出会った人魚


河童退治


巴が淵


身代わり地蔵


名僧・行基の悪霊退治


日本神話の怪物 ヤマタノオロチ



聖徳太子が出会った人魚

605年のことです

聖徳太子が琵琶湖の東岸である蒲生付近を歩いていると、なんと水辺に一匹の人魚がいました

その人魚は「私は前世では漁師をしていました。が、殺生をしてばかりいたので今ではこのような姿になり、魚達に苦しめられています。どうか私を成仏させてください」

聖徳太子は気の毒になり、千手観音像を彫り、堂を建ててあげたそうです

その寺は観音正寺といい、人魚のミイラが寺宝としておいてありました

ところが平成5年に火事を起こしミイラは焼けてしまったそうです


河童退治

建武の政治の頃のお話です

新田義貞の弟である脇屋義助が駿府の国主だったころ、小菊という村娘を好きになりました

2人の間には小葭(こよし)という娘が生まれましたが、小菊は産後の肥立ちが悪く死んでしまったのです

小葭は実家に引き取られ、祖母の秋野に育てられました

やがて月日がたち、小葭は17歳に

ある日、祖母の秋野が病で倒れてしまいました

小葭は祖母の病気が治るようにと、毎日浅間神社へ祈願しに行きました

さて、この浅間神社に行く途中に、巴川という川を越えなければならないんですが、ここには性悪な河童が棲んでいました

そして小葭が通ると、いたずらしようと考え小葭を水中に引きずり込んで殺してしまったのです

それを知った祖母の秋野は嘆き悲しみ、孫の仇!!と、巴川に身を投げたのです

するとその体がたちまち龍に変化しました

そして河童を退治したのです

龍となった秋野は守護神とされ、諏訪明神として祀られるようになったのでした


巴が淵

鎌倉中期のお話です

現在の静岡県・真鶴で祭りがあった日のこと

小三太・又重・悪五郎という3人の悪党が酒を飲んでいました

ひょんなことから口論となり、最後には殺し合いになってしまいました

小三太と又重が悪五郎を討ち取ろうとしました

が、悪五郎はすかさず小三太を斬りつけ、首をとったのです

又重はこりゃやばいと逃げますが、悪五郎は小三太の首をかかげながら追いかけてきました

観念した又重は、悪五郎と刃をかまえることに

ところが悪五郎が石につまづいて、転んでしまったのです

好機とばかりに又重は斬りかかり、悪五郎も負けじと奮闘

やがて2人は取っ組み合いとなり、足を踏み外して海へ落ちてしまいました

が、海に入ってからも2人は争い、ついに互いの首を斬りおとしてしまいました

ところが今度は、首と首とが海中で争い始めたのです

さらには小三太の首までもが飛んできたのです

こうして首同士の争いはいつまでも続き、夜には火炎をふき、昼は海水が巴のように渦巻きました

そのため「巴が淵」と呼ばれるようになったのです

今でも三人の首は争い続けているのでしょう



身代わり地蔵


鎌倉時代のことです

梶原景時の息子に。義景(よしかげ)という武士がいました

ある日のこと、源頼朝が鶴岡八幡宮へ行ったとき、狼藉を働いた者が出て大騒ぎとなりました

これはきっと頼朝に恨みを抱いている義景に違いないと、すぐさま刺客を出しました

何も知らない義景は、いつものように日ごろから信じている地蔵を拝んでいました

そこへ刺客がやってきて、義景を斬りつけたのです

義景はもはやこれまで・・・と思いましたが、よく見ればどこも斬られていない

おかしい・・・なぜだ・・・

ふと今まで拝んでいた地蔵をみると、なんと地蔵の肩が斬られそこから血が出ていたのです

以来、その地蔵は「身代わり地蔵」と呼ばれ、大磯の梅林寺に置かれるように

そして太平洋戦争の時には、弾丸除けのため、夫・息子の身代わりになってくれるよう、多くの人々が参拝にやってきたのでした

現在は、西長院に安置されているそうです


名僧・行基の悪霊退治


行基は、数々の慈善事業を行った奈良時代の僧であります

ある日、行基が浪速で説法をしていました

様々な人たちが行基のありがたいお話を聞きに集まってきました

そこへ子供をつれた女性もやってきました

が、その子供は行基の話しの最中にぎゃあぎゃあと泣いてばかり

母親があやしても、狂ったように泣きわめいているばかり

すると行基が「そこの人、あなたの子供を川へ捨ててしまいなさい」と言ったのです

みんな驚き「優しい行基様がなぜそんな残酷なことを言うのか」とささやきあいました


翌日、またその女性が子供を連れてやってきました

が、またも子供は狂ったように泣いています

行基はまたも昨日と同じことを言いました

母親は行基の言うことには何か意味があるのだろうと考え、子供を川へ捨てたのです

すると子供は川の中で浮き沈みしながら、溺れはじめました

まわりの人たちが「なんてことを・・・」と助けようとしても、行基が「待て」と助けに行くのを止めます


すると川の中にいる子供が目をぎょろりとひんむき

「あぁ残念だ!あと3年お前にとりついて、
食ってやろうと思っていたのに!!!!

と言い、川の底へ沈んでいったのです・・・・


日本霊異記より



日本神話の怪物 ヤマタノオロチ

日本の神話に出てくるヤマタノオロチ

八個の頭と八本の尾を持った蛇の怪物です

その大きな蛇の長さは、谷ハつ・峰八つにわたり、体には苔や樹木が生えていました

そしてこのヤマタノオロチは、毎年一人づつ若い娘を差し出せと農民たちに言っていました

もし差し出さねば、大暴れし作物をめちゃめちゃにしてやると脅かしていました


ヤマタノオロチを倒したのが、スサノオノミコト

生贄のクシナダ姫の身代わりとなり、ヤマタノオロチに強い酒を飲ませ、酔ったところを倒したのです

このお話は人間の「知恵」が自然に勝つという意味があります

大蛇とは台風や洪水のことをあらわしています

人間が優れたリーダーのもとで知恵を絞り、自然災害に勝つというもの

昔、日本各地にはこのように「自然神」を制服するという伝承が多く伝わっていたそうです