江戸っ子はどんなおうちでどんな暮らしをしたのでしょう?
大名屋敷 |
将軍のいる江戸城の周辺にあるのが大名屋敷
参勤交代により、諸藩の大名は江戸へ来なくちゃいけないので、作られた
大名屋敷は、入ってすぐに接客する部屋があり、その奥が居住区域になっています
で、上屋敷・中屋敷・下屋敷とあり、上屋敷には奥様が住んでます
中屋敷は避難用で、下屋敷には大きな庭園があります
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武家屋敷 |
大名屋敷の間を埋めるように、旗本や御家人の家があります
武士は士農工商の中でトップなので、そこそこの家に住んでおります
でも、禄高によって大小が違うけどね
どの家も道路に面して門があります
門には表札があるんだけど、これが小さければ小さいほど「粋」でした
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長屋 |
江戸の庶民の家といえば長屋
台所・入り口あわせて六畳くらいの部屋に家族で住んでました
借りる時は大家さんの身元調べから始まり、家賃は三百文が相場
ちなみに自殺があった部屋は安い
東京の江戸博物館に長屋の原寸が置いてあるけど、ほんと狭い〜
ちないに大家は親同然のような権力を持っている
旅を出るにも、嫁さんをもらうにも大家の許可が必要なのです
とまぁ、この長屋に何家族もが一緒に住んでいるのであります
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町 屋 |
商人や職人さんが住む家
町屋は店の奥が住まいになっていて、仕事場と寝起きするトコがおんなじ
もちろん商売上手な人の家は広い
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台 所 |
どんな家にも台所は欠かせない
長屋でもかまどと流しがあって、水がめが有りました
水は井戸から組んで水がめに溜めておきます
手を洗ったり、調理するのも水がめの水を使うので、正直キレイとはいえない
この時代は家族みんなでご飯を食べるという習慣がほとんどなかったので、みんな一人で食べてました
また、火にはすごい注意してました
火事になったら大変なことになっちゃうのでね
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トイレ |
昔は川に流してたけど、江戸の町ではその辺にするわけにもいかないので、雪隠(せっちん)というトイレがありました
長屋ではもちろん共同便所
住民の人数によって2.3つほどありましたが、扉が下半分だけ
上から見ると覗けちゃいますね〜
武家屋敷では小便所・大便所と分けてました
トイレの横にお風呂があり、その習慣(?)は現在でも続いてますねぇ
ちなみに長屋での「うんこ」は大事な肥料として、売買されてました
売買するのはもちろん長屋の大家さん
外出先のトイレは「辻雪隠」といって、有料でした
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お風呂 |
長屋にはもちろんお風呂はありません
ということで、みーんな湯屋(銭湯)へ行きました
湯屋は男女入り乱れ、ラッシュアワーのようにぎゅうぎゅう詰め
さらに江戸はホコリがすごいので、かーなーり不衛生だったと思われます
また、お風呂がなくても行水で済ます人も多かった
タライにお水を入れて拭くだけなんだけど、石鹸のかわりにぬか袋を使い、化粧水にはへちまの水、そして仕上げにうぐいすのフンを使っていました
ちなみに、夏の行水は江戸の風物詩でしたが、かなり覗きが多かったようです
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灯り |
夜はもちろん真っ暗
部屋に灯りをつけることはとっても贅沢なことだった
使われるのは油
油に火をつけるんだけど、一番高いのは菜種油
逆に安いのは魚の油
とくにイワシの油が安かったのでよく使われたけど、かなり臭く、しかもあんまり明るくない
油のほかにロウソクもあったんだけど、ロウソクはべらぼうに高かった
一本の値段が大工さんの一日の労働の半分くらいのお値段
ちなみにこのロウソクをふんだんに使っていたのは、吉原であります
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寝 具 |
寝るときに欠かせないのが布団
が、布団をそんなに置く場所もない長屋では、下着をそのまま寝間着にして掛け布団がわりにしてました
もっと貧乏な人は寝間着どころか、持っている一張羅の洋服を体に巻いてるだけ
一般的には掛け布団はほとんどなく、大きな着物の形をして、中に綿が入っている夜着というのを被って寝てました
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