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              お江戸の食べ物いろいろ             



お江戸の食べ物についてのアレコレ




江戸っ子といえば初鰹

江戸っ子は初鰹にかなりこだわりました

こだわるどころか、熱狂してました

初鰹は相模湾で獲れて江戸に運ばれるんですが、なんで初鰹がそんなに人気があったのでしょうか?


鰹は戦国時代末期に、出陣の門出に捧げる縁起物と言われており人気だったのです


そして江戸っ子の見栄!

何でも初物が大好きな江戸っ子は、人より早く鰹を食べて自慢したかったんですねぇ

でも高いのは初鰹だけ

数日で価格は大暴落してました

それでも初鰹を高いお金で買う江戸っ子

こーいうとこが江戸っ子の「粋」なとこなのでしょう

ちなみに、幕末の頃はこの初鰹熱も冷めまくっており、値段も大幅に下がっていました





料理本ブーム到来!

江戸時代の庶民の「食」への関心は高かった

1782年に素材を豆腐に絞った「豆腐百珍」という本がバカ売れ

すると色んな食材の「百珍」シリーズができ、大人気となりました

こういった料理本ブームの火付け役は、八百善という高級料亭のダンナ

自分の店で作った料理の献立やレシピ書いた本を出したところ、大人気となったのであります






おそば大好き♪

江戸っ子はおそばが大好き

最初はうどん屋しかなかったんだけど、そばが作られるようになってからはうどんはそばに人気を食われてしまいました

最初はもりそばだけだったんだけど、だしと醤油のつゆをかけた「ぶっかけ」が出るとますます人気に

そのうちてんぷらを入れたりなどして、そばは江戸っ子の食べ物として定着したのであります




「この一合ヤロー!!」が罵り言葉

江戸の前半は一日二食で、後期は一日三食になりました

江戸っ子は米が大好きで、一人当たり二合半のお米を食べてました!

一日二食なので、一日で五合のお米を食べていたのであります

おもしろいのは、今で言う「半人前」のことを「一合野郎!」とバカにしてたこと

米も沢山食べられない中途半端な奴ということです






スイカはみんなの嫌われモノ

夏といえばスイカ!でありますが、江戸時代は下々の人が食べるものと言われていました

スイカが初めて日本にやってきたのは南北朝の時代なんですが、頭くらいの大きさで、割ると真っ赤

それが斬首の時を思い出すということで、みーんな気持ち悪がっていたのでした

おいしいのにね





江戸で人気の「くだりもの」

くだりものというのは、京都から江戸へ下ってきたもののコト

今でも「くだらない物ですが・・・」という言葉を使いますが、「くだりもの」というのは上方からやってきた超高級品だったんですねぇ

そんなくだりものの中でも大人気だったのがスィーツ

京都の上品なお菓子は江戸でも大人気だったのです

鈴木越後や金沢丹後なんかの超有名店のお菓子は、幕府は大名の御用達

庶民は駄菓子(せんべいとか)なんかを食べていました

が、江戸にもおいしいものがだんだんと出てくると、「くだりもの」の評価が下がっていくこととなります





飲んべえの肴「塩辛」

塩辛といえば今でも酒好きの珍味ですが、コレ作った人、ほんとーに酒好きだったのです

小田原にいた美濃屋吉兵衛(ちなみに今でもこの名前のお店ありますよ)さんが、いつものようにお酒をガボガボ飲んで、小田原の町をふらふらと歩いてました

この頃、小田原では大量にお魚が獲れていて、値段は格安

魚屋には激安の魚が溢れていました

で、酔っ払った吉兵衛さんは、置いてあったイカをなぜか大量に買ってしまったのです

朝、酔いがさめてビックリ!

大量のイカが家にあって呆然

仕方ないのでイカを細かく切って塩漬けにしちゃいました

数日後、その塩漬けを覗いてみるとなかなかおいしい珍味になっており、さらに麹を加えたらマイルドに

ということで、酔っ払いの吉兵衛さんが作った塩辛は大人気となったのであります






上方はおもしろくない富士見酒

江戸っ子に大人気だったお酒も「くだりもの」

特に伊丹や灘などのお酒はおいしいと大人気だった

お酒は船で運ばれて江戸へやってきました

その間に、吉野杉で作った樽が波にもまれていい匂いとなり、お酒が一段とおいしくなりました

ということで、江戸のお金持ち達は、このお酒を「富士見酒」と呼びました

富士山を横に見ながら海上を渡ってきたから

が、おもしろくないのは京都や大阪の上方の人々

こっちで作ったお酒が、江戸で飲む方がおいしくなるというのが許せなかったのです

こうして上方の人々は、酒を積んだ船を富士山のトコで下ろすというイジワル作戦に出たのです

江戸っ子の「てやんでぇ!」という声が聞こえてきそうですね(笑)






大人気の納豆

江戸っ子の朝食として大人気だったのが「納豆」であります

江戸では毎朝「物売り」がやってきて、豆腐や惣菜なんかを持って各家庭を回ってました

その中でも「納豆」が人気だったのです

しかもこの頃の納豆はご飯にかけて食べてませんでした。江戸後期はかけてましたけどね

最初の頃の納豆の使い道は「納豆汁」

味噌汁に細かく刻んだ納豆を入れてたのであります






江戸にもあった大食い大会

江戸にもありました!大食い大会

一番規模が大きかったのは両国にあった料亭「万八楼」

酒・お菓子・うなぎ・そばなどのジャンルに分け、町人も武士も参加できたのです

ちなみに酒の優勝者は68歳の男性。なんと十八升も飲みました

お菓子では56歳の男性が、饅頭50個・羊羹7つ・お餅30個で優勝

それにしても、けっこう年配の人が優勝してたんですねぇ


ということで、このような大食い大会は色んなお店で開催され、お店は名前を売り出したのでした

なんせクチコミの時代なのでね







究極のお茶漬けとは!?

料理本の火付け役となった高級料亭「八百善」での伝説エピソード!

1800年ごろ、食通の3人が「もう うまいもん食べ飽きたよなー」と言いつつ、八百善にやってきた

で、お茶漬けを頼んだのであります

でもなかなかお茶漬けは運ばれてこない

とうとう半日も待たされ、ようやく出てきた

で、やっとこさ食事にありつけた食通の3人はパクパクとそれを食べ「いくらだい?」とお値段を聞いた

するとべらぼうに高い金額を言ってきたのです

いくらなんでもお茶漬けにそんな金額はねぇだろう?とワケを聞くと

「極上のお茶に合う水がなかったので玉川上水まで水を汲んできました。その運賃が高いのです」

こうしたこだわりが八百善を江戸一番の高級料亭と賞賛したのでした

そして粋な江戸っ子はこういった粋な食事のこだわりが大好きなのでした




一富士 二鷹 三なすび

初夢で縁起のいい夢の順位は 一富士 二鷹 三なすび

これ、家康が好きなものを順番にあげてるんですねぇ

景色は富士山がすきで、趣味は鷹狩り そして食べ物はナスがスキだったようです


ちなみに家康が死んだ原因は「鯛のてんぷら」を食べ過ぎたからと言われております





ごまかしちゃいました♪

「ごまかす」というコトバ言葉の由来は江戸時代から

とあるお菓子屋さんが、うどん粉に胡麻を入れて焼いたお菓子を売り出しました

お店に並んだおいしそーなお菓子を見た江戸っ子達は早速食べてみました

が、見た目はおいしそーなのに、味は全然甘くもなくておいしくない

ってことで、見かけはいいけど中身は全然ダメという意味で「胡麻菓子(ごまかし)」となったのでした〜






EDOガールはさつまいもが大好き

江戸ガールに大人気だったのが焼き芋

飢饉のときに「米」の代わりとなってから、あのホクホク感をみーんな楽しんだらしい

こげた匂いがぷんぷんしてくると、みーんな買いにやってきたらしい





将軍も大好物のたくあん

今でも食べるお漬物「たくあん」は、沢庵和尚という人が作ったと言われています

三代将軍家光も大好物でした

ちなみに添え物としての沢庵は「二切れ」がマナー

一切れだと「人斬り」

三切れだと「見斬り」

四切れは「死」

五切れになると、サービスしすぎで採算が合わないとのこと

商売ってのは、縁起を担ぎますからねー






江戸っ子が生んだ味

江戸時代は「京の着倒れ 江戸の食い倒れ」と言われていたくらい、江戸っ子は食べることが大好きでした

今は食い倒れといえば大阪ですけどね(笑)

ちなみに江戸生まれの味の代表的なものは・・・

握り寿司・うなぎの蒲焼・どじょう鍋・おでん・てんぷら・おそばなど


「江戸前」といえば寿司が出てきますが、江戸時代はうなぎのことを「江戸前」と言ってました






酒小咄 親子喧嘩

はいはい、ここでお酒にまつわる小咄を一つ

おいしいお酒を飲みまくった親子がおうちに帰ってきました

父「ややっ、おめぇ(息子)の頭が三つにみえる!そんな奴にこの家の跡継ぎにさせるわけにゃぁいかねえ」

息子「なぁに、おれとて、こんなクルリクルリと回る家なんぞいらねえやい」


はい、この息子は無事跡継ぎになれたんでしょうかねー(笑)







NGだった食い合わせ

この時代に体を悪くすると言われていた「食い合わせ」は・・・

梅干×うなぎ

そば×たにし

うどん×すいか

てんぷら×すいか

びわ×そうめん

きゅうり×油揚げ

などなど。

ちなみにこの食い合わせ、ずーっと信じられていたんだけど昭和初期にこの食い合わせを食べるチャレンジャーがいて、大丈夫ということがわかりました






出世魚は白魚

とある漁師が、江戸湾でとった「白魚」

よくよく見ると、頭のとこが徳川の葵の紋にソックリ!ということで、家康に献上しました

家康は白魚を見てとーっても喜びました

以後、白魚が家康のもとに届けられる道筋、みーんな白魚に頭を下げていたそうです

人間サマより偉いお魚、白魚はまさに超出世魚でございますねぇ






物価をも狂わせた初物

江戸っ子の初物ズキは上にも書きましたが、初物好きは鰹だけでありません

初ナス・初きゅうり・初きのこと、なんでも「初」がつくものは大好き

その季節の初物を競って買っていました

そのため物価が狂いまくることもしばしば

なんせ初物はめちゃくちゃ高いのに、2・3日経過したらガクっと値段が下がっちゃう

ということで、幕府はたびたび「初物売り出し期間」を決めるという法律を出しましたが、粋な江戸っ子はそういった幕府からの規制を出されるとさらに初物熱がヒートアップしたようです






ご飯を炊くのは一日一回

江戸のおかみさんんは、朝五時ごろ起きて朝食の支度をします

ご飯を炊くのは、三食のうち一度だけ

なぜかとゆーと、準備がすごい大変だから

どの家も井戸まで水を汲みに行って、火打石で日を起こしかまどでご飯を炊く

水汲みも火おこしも大変なので、ご飯を炊くのは一日一回なのであります




滝沢馬琴 京を斬る!

滝沢馬琴はご飯についてアレコレと書いていました

で、京都に行った時のこと・・・

「京都でおいしいのは麩・ゆば・うどん・水菜・芋だけ。豆腐は江戸のあわ雪よりもマズイ」と言っちゃってます