大奥艶情事件


大奥には数々のスキャンダルがあります


七代将軍家継の時代  絵島生島事件
この頃の大奥は、家宣の正室天英院(照子)と月光院(お喜世・家継の母)の2大派閥が出来上がっていました

大奥の権力は凄まじいものとなっており、ある老中が「大奥勤めのものが商人らに気軽に用事を頼んだりすることを禁止する」という通達を出した時、大奥から大ブーイングが起きてしまい、その老中を辞職させるという事件が起きていました

秋元但馬守ら譜代家臣は「大奥が政治まで介入し、幼い将軍をバックに月光院がやりたい放題。このままではヤバイ・・・」と思うようになってきたのです

そんな中事件はおきました

月光院付きの大奥最高地位にある御年寄りである「絵島」は、月光院の命令で芝の増上寺へ行きました

その帰りに人気役者である牛島新五郎が出演している山村座に行き、芝居を見物

そして芝居が終わると酒を飲みおもてなしをうけ、帰ってきたのが門限ギリギリの4時だったのでした

大奥勤めの女性にとって代参は息抜きの時間でした

そしてある程度は大目にみられており、特に絵島らトップクラスは門限に遅れても顔パスで入ることが普段はOKだったのです

秋元但馬守は66歳でこの時胃ガン

譜代家臣らに「ワシはどーせ死ぬから、責任は全て取るので力を貸してくれ」と言い月光院らに反旗を翻すことになったのです

「大奥御年寄りの絵島が門限に遅れて、役者生島新五郎と密通しており大奥の風紀を乱している」と糾弾しました

絵島は「月光院様がいるから大丈夫よ」と、確かに勝手なことをしていましたが、ここまで事が大きくなるとは思っていませんでした

また、噂では生島と絵島をあわせる手引きをしたのは秋元の使いの者だったとも言われています

そしてこの大奥スキャンダルは江戸を揺るがす大騒ぎに

絵島は遠島となりましたが月光院が減刑をお願いし、高遠へ幽閉となりました

八畳一間で太い格子に囲まれ厳重に監視された生活

手紙を書くことも許されず絵島はその後28年間61歳まで毎日を過ごしたまま死去したのです

生島は遠島となり、山村座は潰されてしまいました

そして絵島の兄は死罪となったのです

月光院派の女中らは着物や履物を没収され裸足で追放され、この絵島生島事件で罪となった人は1500人以上の大スキャンダルとなったのでした

ちなみに生涯仲の悪かった天英院と月光院は、今は同じお墓に眠ってます

八代将軍吉宗の時代 大奥美女リストラ事件
新将軍となった吉宗

あまりの幕府の貧乏さにびっくりして「享保の改革」という節約をスタートさせます

まず吉宗は金のかかりまくる大奥に目をつけました

この頃大奥にかかる人件費・服飾費などは莫大な額に上っていたからです

一応天英院に事情を話し、許可をもらい一斉取り締まりにかかったのです

吉宗は「大奥の中の美女50人をリストアップしてくれ」と言いました

これには大奥大変な大騒ぎに!

「もしかしたら将軍様の側室になれるのかもしれない!」ということになり、お年寄りらも自分の配下にいる女性をなんとか側室にしなきゃ!と大奮起!

中傷・ヤッカミ・ヒガミが入り乱れ、なんとか50人をリストアップ

そして吉宗に提出しました

すると吉宗「この者らを首にしろ。美人なら大奥を出ても結婚できるだろ?不美人はなかなか縁がないので、これからも大奥においておく」と言ったのです

これには正面きって反抗できる人はいませんでした。

美人の虚栄心をくすぐるという大リストラ作戦に出たのでした
11代将軍家斉の時代 お美代の方遺命偽造事件 
お美代の方は祈祷僧日哲の娘で、江戸大奥へ奉公に上がった時に家斉に気に入られ寵愛を受けまくりました

溶姫・仲姫・末姫と三女を出産し、溶姫は加賀前田家へ、末姫を広島浅野家へ嫁がせました

そして家斉の寵愛を受けまくっていたため大奥でも絶大な権力を持つのです

父の日哲も怪しげな祈祷僧だったのが、寺を建ててもらい「将軍お声ががりのある祈祷寺」として、御三家や御三卿、諸大名までもが参詣するほど

そしてこの寺では大奥女中と寺僧のラブホがわりとなっていき、お美代の方とその一族は栄華を誇っていくのでした

家斉が隠居し「大御所」となって権力を握り続けていたものの、将軍家慶は常日頃から大奥の乱れが気に入らなくって老中の水野忠邦に大奥腐敗の原因を調べさせました

すると日哲の寺が大奥の風紀を乱しているということになったのです

お美代は焦り、家斉にすがろうとしたんだけど、運悪く家斉が病気になってしまいそのまま死んでしまったのです

困ったお美代は「わが娘溶姫が前田家に嫁いで産んだ犬千代を、将軍家定の養子とし14代将軍にさせる!」という策に出たのです

家慶は29人の子供がいたけど残ってるのは男児2人のみ。後継ぎは四男の家定だけど、知的障害者っぽいので将軍職に耐えられるかどうか疑問だった

そうした状況の中、家斉が犬千代を次期将軍に指名さえすれば、お美代は将軍の母としていつまでも権力を握れる!そう思ったのです

コトをうまく運ぶには家斉のお墨付きが必要となる

お美代は家斉の家臣であった美濃部茂家育(みのべしげなる)に命令し遺言状を偽造したのです

そしてお美代は「恐れながら死んだ大御所様が、いまわの際に私にこれをくださいました」と、その遺言状を提出

そこには「元将軍家慶の世子家定を13代将軍とする。同時に前田犬千代を家定の養子とし、将来14代将軍とする」と書いてありました。

これを見た広大院(こうだいいん・家斉の正室)は激怒!

ただでさえ家斉は正室であった自分を差し置き、お美代の方ばっか寵愛してたのが気に入らないっつーのに、なんで家斉には他の子供がまだいるのに、その子供を飛び越えて前田犬千代を指名しなきゃなんないの?と将軍家慶に「陰謀の匂いあり!」ってことでこのお墨付きを提出しちゃったのです

こうしてお美代の方の陰謀は発覚し、一族や陰謀に関わったものは江戸城から姿を消しました

お美代の方は、娘溶姫の願い出によって前田家へ。その後転々とし、哀れな晩年を過ごしたのです