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日本雑学辞典
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母の日 初ガツオ 鉢巻 ハイカラ

派手 蓮っ葉(はすっぱ) パスポート パン

花火大会 裸一貫


ひやかし 引越しそば ビール ひな祭り

彼岸花 ビリヤード 引き出物 ビスケット

ひげ びた一文 ピカイチ 檜舞台(ひのきぶたい)

皮肉


ブス 風呂敷 ブルドックソース

べっぴんさん 弁当 べらぼう へったくれ

弁慶の泣きどころ 下手の横好き


ほおずき 歩道橋 ボーリング 歩行者天国

ぼられる

母の日

5月の第2日曜日は母の日ですが、これはアメリカからやってきました

1907年にとある少女の母親が亡くなってしまいました

少女は死んでしまった母のためにお墓の前に白いカーネーションをささげたのです

ここから、生きている母親には赤いカーネーションを贈り、亡くなった母親には白いカーネーションを捧げて偲ぶという風習が生まれました

日本に伝えたのは、マッカーサーであります

初ガツオ

初ガツオといえば江戸っ子の粋をみせるための代物であります

当時、6月になると鎌倉でカツオが解禁されました
で、一日かかって江戸にやってくるんですが、せっかちな江戸っ子はそれを待っちゃいられない

ということで、カツオ船の出ている三浦半島あたりまで船を出したのであります

これがホントの「初ガツオ」と江戸っ子は重宝しました

この初ガツオのお値段、今の金額にすると数十万

「初ガツオ」を食べる為に、ここまでやっちゃうのが江戸っ子の粋だったんですね〜

鉢巻

はちまきは、もともと物忌み(悪い鬼をおいはらうこと)の印であります

出陣する武士や、病気の人などがしめました
ちなみに鉢というのは、頭蓋骨のことであります

江戸時代になると、鉢巻のかわりに手ぬぐいが使われるようになりました

また、頭を締めると集中力が増すという効果があるようですよ〜

ハイカラ

ハイカラは「ハイカラー」のことです

つまり高い襟(えり)のこと

明治30年に毎日新聞が、ハイカラーをつけて西洋かぶれしている男性のことを「ハイカラー」と皮肉った記事を書いたのが始まりであります

以後、西洋きどりの人のことを「ハイカラ」と呼ぶようになりました


派手

「派手」は三味線用語であります

江戸時代、さまざまな音色で三味線を惹いていましたが、細かくにぎやかな弾き方が流行してきました

本来の弾き方を破った曲のことを「破手」というようになりました

「手」というのは、三味線の旋律のことをいい、そこから目立った弾き方を「はで」と呼び、当て字で「派手」になっていったのであります

蓮っ葉(はすっぱ)

「はすっぱな女」とかで使われる言葉ですが、これは仏教からきてます

「蓮」は仏教では極楽浄土の象徴である植物

この蓮を江戸時代悪用した商人がいました

蓮の葉に似せた偽者を、仏様の名を借りて悪徳商法で売りつけたりしてたのです

ここから「本当でない」もの「軽薄なもの」を蓮っ葉と言うようになったのであります

蓮っ葉という言葉は主に女性に使われますが、男性でも蓮っ葉な人はいますよね(笑)


パスポート

海外旅行に絶対必要なのがパスポート

明治11年の2月20日に初めて海外旅券規則七か条が制定されました

この時初めて「旅券」という言葉が御目見え

その前は「御印章」とか「海外行免状」と言っておりました

ちなみに帰国後は返還することになってました

パン

日本に初めてパンがやってきたのは1543年

種子島に鉄砲をもたらしたポルトガル船によって、パンも一緒にやってきました

が、あんまり話題にはならずにおりまいた

幕末になって、伊豆韮山の代官である江川太郎左衛門が兵に食べさせるため、初めてパンを焼きました
1842年のことであります

ワタクシ、江川太郎左衛門と関わりのある韮山反射炉を観にいった時、当時と同じ製法で作ったという「パン」を買いました♪
正直、乾パンでしたね〜

花火大会

1733年のお江戸

全国的に凶作で、さらにコレラが流行し、世の中は不穏な空気に

時の将軍・徳川吉宗が隅田川で水神祭を行うことに

この時、余興で花火を打ち上げたのですが、これがめちゃくちゃ評判がよく、以後、花火がメインとなっていったのでした

裸一貫

「裸一貫から身を起こした・・・」のような感じで使われる言葉ですが、「裸一貫」ってナニ?

ズバリ!丸裸のことであります

生まれたてのコトをあらわした言い方で、現在は「貫」という言葉は使われませんが、昔は貫というのは重さのこと

一貫=3.75キロで、ちょうど生まれたばかりの赤ちゃんの体重と同じくらいなのです

ということで、裸一貫というのは生まれたまま・・・何も持ってないということなのです

ひやかし

日常でよく使われる言葉ですネ〜
「あんまりひやかすなよぉ」とかね

が、この言葉は遊女がらみの言葉であります

江戸時代の吉原では、格子越しに遊女が座っていて、その前を男性客が物色してました

が、ビンボー武士なんかは高いので遊女を買うことができません
だから遊女に声をかけてからかってるだけ

そーいった客のことを遊女たちは「冷やかし」と呼んでいたのでした

ということで、買う気もないのにアレコレと声をかけたりしてからかったりすることから「ひやかし」というようになったんですね〜

引越しそば

引越しする時に食べるものといえばそば
今は家族だけしか食べませんが、江戸時代は隣近所にもご馳走してました

もともとそばは、「そばがき」と言って、いまのような麺ではなく、だんご?のような感じでした
さらにお餅のように粘着性もあったんです

金職人はこのそばがきを使い、飛び散った金箔を集めてました

ということで、「そばはお金を集めるので縁起がいい」とされていたんです

江戸時代になると「麺」になり、細く長くお付き合いしましょの意味も込められるように

ちなみにそばが日本にやってきたのは奈良時代のようです
弘法大師が持ち帰ってきたという説などなどがあります

ビール

ビールという名前に初めて接した日本人は杉田玄白らであります
「解体新書」を作成している際に、オランダ本の解釈をしている時でしたが、その時はあまりよくわかっていなかったことでしょう

明治元年になって初めてイギリスから「ビール」が輸入されました

これが大人気となり、明治四年にはイギリスのほかにフランスやアメリカなどからも輸入されるようになりました

今ではすっかりビール国民となった日本ですが、ここまで大ブレイクしたのは日露戦争の後の明治32年のことであります
この頃になると、逆に海外に輸出するほどビール大国になってしまったのでした

でも、ビール、うまいもんネ♪
ひな祭り

昔、3月といえば本格的に農作業を行う季節

ということで、物忌みなどの行事を行い、その時穢れ(けがれ)を人形にうつし川に流すという風習がありました

その風習と子供たちが遊んでいた「ひいな遊び」が合体して、セレブの間では人形を飾るようになったのです

ちなみに現在のように豪華な人形を飾るようになったのは明治時代からであります

彼岸花

不吉な花としてメジャーな彼岸花

実は彼岸花は飢饉のための非常食だったのです

江戸時代はたびたび飢饉が襲いました
庶民は草や昆虫、ワラなどありとあらゆるものを食べ飢えをしのぎ舞いs田

それらのものを食べつくしたら、いよいよ彼岸花となるわけです

最後の備えである彼岸花は、水にさらすと毒を覗くことができ、さらにデンプン質も豊富

が、繁殖力が弱い
そのため、「彼岸花は毒です」と言い伝え、ぎりぎりまで食べるのを待ったのでした

彼岸花は彼岸に咲くということからこの名前がつけられましたが、もう一つあります

それは彼岸花を食べつくしたら、残っている食べ物は人肉になるからです

彼岸花を食べつくすと、あとは死人を食べるというところまでいってしまうという暗な意味も込められているのでした

ビリヤード

ビリヤードが初めて日本にやってきたのは幕末

当時ヨーロッパでは大流行しており、オランダ人が持ってきたそうです

明治になってから横浜にきたイギリス人たちがこぞってやってましたが、日本人はみてるだけ

が、明治6年になると西洋趣味に手を出す人たちが現れ始め、築地の精養軒にビリヤード場ができると大人気に

ですが賭博性が強い!ということで、明治8年に政府は禁止令を出しました
しかーーし、禁止されるとますます興味を持っちゃうのが人の常

禁止令が出た翌年は爆発的な大流行となり、取り締まるはずのお役人さんたちまでもがはまりまくったのでした


引き出物

昔、たずねてきたセレブなお客様に対するおみやげに、馬を庭に引き出して選んでもらい、その馬を贈るという風習がありました

それがもともとの「引き出物」

だんだんと馬から武具などの品物に変わり、今は結婚式に使われるようになってきたのであります

ビスケット

古代ローマの時代から、保存食として使われていたビスケット
日本にやってきたのは、戦国時代末期
「ビスカウト」として、長崎から入ってきました

江戸時代になってからは鎖国となり、オランダが唯一の窓口となったんで、オランダ語で「ビスコウト」という呼び方に代わりました

ビスケットは呼び方が次々代わり、鎖国が終わるとイギリス文化がやってきたので「ビスケット」
さrない明治政府は「乾蒸餅(かんじょうへい)」と名づけ、陸軍は「乾麺ぽう」

正直、なんでもいいです・・・(^^;)おいしければね

ひげ

ひげは昔の日本男性にとって超〜〜〜大事なアイテム(?)でした

ひげづらが豪傑のシンボルとされていたので、豊臣秀吉なんてつけひげまでしてました

江戸時代になると、江戸幕府は戦国時代の風潮を嫌い、ひげ禁止令を出しちゃいました

ひげ禁止令がでたので、みんな描きひげをしてました

が、あごひげだけはOKで、なぜか医者があごひげを生やしていたことから、あごひげはお医者さんというイメージが

びた一文

「びた一文あげない!!」と言った感じで使われる「びた一文」

ところで「びた」って何だ???

びたというのは、質の悪い銅銭のことなのであります

室町幕府は明のまねをして銭を作りましたが、これがめっちゃくちゃ粗悪品だった

で、ひたすら悪い銭の「ひたすら」を略して「ひた」になったんだけど、それ以上に悪いってことで濁音をつけて「びた」になっちゃったのであります

びた銭さえもあげたくない!ってことは、ほんっとーーーーにあげたくないってことなんですね〜


ピカイチ

「あの人、ピカイチよね〜」の「ピカイチ」は、任侠用語であります

江戸時代、花札バクチをしている時、手札の中に一枚だけある「光物」と呼ばれる点数の高い札のことを「ピカイチ」といいました

ここから、多くの中でもっとも優れているものをピカイチというようになったのであります

檜舞台(ひのきぶたい)

お風呂なんかにも使われる檜という木は建築用には最高の木材であります

木目が細かくって耐水性に優れてて、さらにキレイな光沢があり、香もいい

この高級素材である檜で張った舞台を「檜舞台」といいます

もともとは歌舞伎や能で使われた最高級の舞台で、芸人たちはここに立ち、自分の腕前を披露していました
檜の舞台にたつことを「檜舞台を踏む」と言って、芸人たちの憧れだったのであります

皮肉

元祖「皮肉屋」は中国の達磨大師であります

達磨大師は弟子達の修行の成果について「お前の得たものは肉だ」とか「皮だ」と評しました

まだまだ考えが浅いよ〜とか、表面的にしかわかってないよ〜というのを「皮」とか「肉」にたとえてました

こーやって遠まわしに相手にものをいうことを「皮肉」というようになったのであります

ちなみに補足!

教えを深く理解した人には「骨を得た」とか「髄を得た」と言いました
こっから、骨髄という言葉が生まれました

ブス

かわいくない子のことを「ブス」っていいますよね〜

これは「トリカブト」からとった毒のことを「付子(ぶす)」といい、そっからきてる言葉であります

この「ブス」という毒を矢の先っぽにつけて撃つと、撃たれた人は脳が麻痺しちゃって無表情になっちゃうそうです

この無表情になった状態のことを「ブスになった」といい、そこから表情のない人のことや美しくない人のことをブスというようになったんですね〜

風呂敷

昔、お風呂というのは今のように湯船につかるものではなく、蒸し風呂でした

サウナみたいな感じであります

で、スノコの上から蒸気が上がり、そこに座って汗を流してました

その時、ずっと座っていると熱いため、麻布をひいて座ったのです

その麻布が「風呂敷」
つまり、お風呂で敷いてたから風呂敷なんですね〜

ブルドックソース

日本にソースが入ってきたのは幕末であります
それが一般家庭に広まるようになったのは、明治35年に「三澤屋商店」を創業した社長さんがソースの製造販売にとりくんだのであります

で、発売されたのは明治42年
商品名はなんと「犬首印」・・・コワッ

「ブルドック」という名前がついたのは明治42年であります

ちなみになんでブルドックなのか??というと、ソースってのはイギリスで生まれ、そのイギリスでペットとして大人気だったのがブルドックだったからであります

べっぴんさん

キレイな女の人のことを「べっぴんさん」と言いますが、この言葉は明治時代に流行した言葉であります

もともと「別品」=フツーの物と違うという意味を込めて使われた言葉

が、さすがに女性を「品」とゆーのはマズイと思ったのか、「別賓」となりましたケドね

最初にこの言葉が流行ったのは名古屋。で、大阪→東京と全国区の流行ワードとなりました


弁当

弁当が作られるようになったのは戦国時代

旅の携帯食として作られるようになったのが始まりです

豊臣秀吉が行った「醍醐の花見」という一大イベントの時にもお弁当が用意されました

ちなみにそのお弁当箱は金箔をちりばめた超豪華な弁当箱でした

べらぼう

べらぼうに高い!といった感じで使われる「べらぼう」

これは、実際にいた人のことであります

江戸時代、見世物小屋がとっても流行ってました

そこに便乱坊(べらぼう)という超巨大な男がいて、全身真っ黒であごは猿のようだったというとっても醜い男でした

愚鈍なしぐさが売り物で、見物客は便乱坊をみて大笑いしたそうです

そこからばかばかしいことや、まともに相手ができないくらいひどいってことを「べらぼう」と言うようになったのであります

江戸っ子が「べらぼうめ!」なんて、人を罵りますが、これは便乱坊のことなんですね〜

へったくれ

「○○もへったくれもあるか!」みたいな感じで使う「へったくれ」

これは岡場所(江戸時代の許可なく営業する遊郭)で、使われた言葉

無粋でダサい客のことを「ひょうたくれ」と呼んでおり、このひょうてくれが変化して「へったくれ」になったとのこと

吉原ではなく「岡場所」でへったくれと呼ばれるということは、ほんっとーにマヌケなお客だったんでしょうね


弁慶の泣きどころ

弁慶の泣きどころは「むこうずね」であります

強者として知られた弁慶でも、この部分を打つと泣くほどの急所ってことであります

ちなみに!!弁慶の泣きどころはもう1つあるんですよ〜

その部分とは、手の中指の指先

中指の第二関節を折り曲げると、その指先に力が入らないから弁慶でも負けるだろうってことであります

下手の横好き

日本では「縦」が正統だという考えがありました

横ってのは邪道っていう考えがあったのです

ということで、自分の専門分野でもないのにむやみに口出ししたり、すっごいハマったりすることを「下手の横好き」というようになりました

横に失礼ですよねw

ほおずき

ほおずきってわかりますよね?オレンジ色の実で中身を抜き音を鳴らすやつです

この音を鳴らして遊ぶという遊びは平安時代からありました

が、もう一つ意外なほおずきの使い方が

それは「堕胎効果がある」というもの

ほおずきを妊婦に飲ませ、赤ちゃんを降ろさせるという薬に使われていました

本当に効くかどうかはハテナ?ですが、ほおずきを煎じて飲むと下剤になるという働きがあるので、堕胎にも使われていたのでした

歩道橋

日本で初めての歩道橋が出来たのは昭和38年4月25日であります

場所は大阪駅前でした

車社会ならではの橋ですねぇ〜

ボーリング

ボーリングの歴史は古く、7000年前のエジプトではどーやらボーリングが行われていたらしいです

日本では1861年に長崎に入ってきました

出島にいた外国人がボウリングサロンを開設したらしいです

当時のボールは木製でした

歩行者天国

略して「ホコ天」と言います

昭和45年に「人間性を取り戻す施策」として、週末の銀座・新宿・池袋・浅草で自動車の通行を規制し、歩行者だけが歩けるという取り決めをしました

「人間性を取り戻す施策」・・・・って、なんか仰々しい感じがしますが(^^;)

ちなみに8月2日の初日には、この4つの地域で8万人もの人が集まったようです

さらに、ホコ天からは、「竹の子族」なんかも生まれました〜

ぼられる

法外なお金を取られたりすることを「ぼられる」とか「ぼる」とか言いますよね

これは「暴利」からきた言葉であります

大正時代にお米の値段がめちゃくちゃ上がり、主婦たちが怒って「米騒動」がおきました

この時政府が「暴利取締令」を出し、この「暴利」がぼるの語源になったのであります