日本雑学辞典
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や

焼き鳥 八百長(やおちょう) やくざ 野次馬(やじうま)

やぶ医者 槍玉(やりだま) 山をはる 野暮(やぼ)

ゆ

結納
よ

用心棒

わ

若いツバメ ワコール
焼き鳥

焼き鳥の歴史は意外と浅く大正12年なんです

それまで鳥というんは、美しい泣き声や羽色を楽しむだけのものでした

食用として飼われる様になってきたのは明治からで、鍋物なんかに使われるように

焼き鳥は高級料理として関東大震災以降に登場したのであります
それが今や大衆化したのはやはり手軽さでしょうね〜
八百長(やおちょう)

いわゆる仕組んだ勝負のことを八百長といいますが、語源は八百屋の長兵衛さん

明治元年、八百屋を営んでいた長兵衛さんが相撲会所(相撲協会のことね)に出入りしていました

で、長兵衛さんは伊勢海五太夫と碁をうってました

伊勢海はものすごーく弱く、長兵衛さんはいっつも買ってばかりだったので、商売上の付き合いもあるしここらで一つわかんないように勝たせてやろう!と、伊勢海に花を持たせたのです

この話が伝わり、仕組んだ勝負のことを八百長と言うようになったのでした〜


やくざ

現代のやくざといえば暴力団のことを言いますが、江戸時代は役立たずの遊び人のことを言ってました

やくざは「八」「九」「三」で、花札のオイチョカブからきている言葉

八・九・三は合計二十になるので「カス」
つまりは最悪の組み合わせの三枚

役に立たない札が、いつの間にか役に立たない人のことを言うように

江戸中期は、ばくち打ちのことを「やくざもん」と言ってたんですが、江戸後期になると、職のない渡世人のことをさすようになってきたのでした


野次馬

歳をとった「おやじの馬」は、体力も権力もなくなり、仕方なく若い馬の後をついていくだけ

ここから、いつも人の後ろにくっついて無責任にあれこれ騒ぎ立てる人のことを「野次馬」と呼ぶように

明治時代にあると、「やじを飛ばす」などといった言葉も出てくるようになりました

やぶ医者

へったくそな医者のことを「やぶ医者」といいますよね

「やぶ」はもともと「野巫」と書き、医術と呪術を使うという意味

ここから運任せで治そうとする腕の怪しい医者のことを言うようになったのであります

槍玉(やりだま)

「槍玉に上げられたよ・・」と言った感じで使う槍玉というコ言葉
コレは、戦国時代の武将「前田利家」から来た言葉であります

利家は「槍の又佐」と呼ばれるくらいの槍名人

で、槍で突き刺した敵兵をお手玉のように軽々と持ち上げたため「槍玉にあげる」と言われるようになったのでした

槍玉に上がっちゃった人はとんだ災難ですね

山をはる

相場なんかで「山をはる」なんて言いますよね

この言葉は「山師」からきてます

山師というのは、鉱山を発見する人のことを言ったんですが、一生のうちに一つでも鉱脈を発見できればいいほう

ここから山師というのは、大きなことばかり言ってる一発屋を意味するようになったのであります

「いつかビックになってやる!」と言って、見果てぬ夢を追うひとなんかも山師であります

ここから山をはるとか、山をあてるなんていう言葉が出たのでした

野暮(やぼ)

江戸っ子がもっともバカにしたのが「野暮」
反して、憧れたのが「粋」であります

この野暮という言葉は遊郭から生まれた言葉で、粋に遊べない人のことを言いました

野暮の「野」は遊郭のことで、「暮」は日が暮れるの暮れる

つまり、遊び方に暗い人のことを言ったわけです

今でも「野暮ったい」なんて言葉が使われますが、「かっこよく遊べなさそーな人」を指すんですね〜

結納

結納は万葉の時代からありました

が、現在の結納とはちょっと違います

「結」とは結社を意味する言葉で、血縁結社に入れてもらえるという印でありました

当時は女性の家に男性が入るという形が多かったので、男性が女性の属する血縁結社に入れてもらうため「結納」という贈り物をしたのです

明治になると結納は家と家同士の間で行われる形となり、結納を行うことによって「婚約」という形になりました

用心棒

用心棒とは、外から戸が開けられないようにするつっかい棒のことであります

用心のために使う棒なので「用心棒」と呼ばれてました

それがいつしかボディガードのことを「用心棒」というようになったのでした

鉄砲を持とうが、どんな格闘技を身に着けようが、「棒」なんですねぇ・・・(^^;)

若いツバメ

女性に年下の彼氏がいるとこと「若いツバメ」というコトがありますよね

この言葉の由来は女性解放運動の平塚らいてうが由来なのであります

らいてうは青鞜社のリーダーで、女性解放運動の中心人物でした

が、なんと年下の画家・奥村博史と恋に落ちちゃったもんだから、グループ内は騒然

で、この奥村が「静かな池で水鳥たちが仲良く遊んでいるところへ、一羽のツバメが飛んできて平和を乱してしまいました。若いツバメは池の平和のために飛び去ります」という手紙を残してらいてうの元を去ったのです

ここから年下の恋人のことを「若いツバメ」の呼ぶようになったのでした

ワコール

下着メーカーの「ワコール」

創業は昭和21年であります

創業者の塚本幸一さんの父親が滋賀県の江州(ごうしゅう)出身でした
で、創業メンバーは3人いました

その和を大切にという意味も込めて「和江」ワコーと命名したのが始まり

で、昭和32年に和江から「ワコール」に名前を改めました

ちなみに最初に販売していたのは下着ではなく、アクセサリーだったそうです