吉原の裏方たち

生まれては苦界 
死しては投げ込み寺 苦界十年の女たちの世界



吉原の主役はもちろん遊女

ここでは遊女を支える裏方たちを紹介


楼主(ろうぬし)

楼主は、廓の主人。つまりお店の経営者であります
呼び方は「親父」「忘八(ぼうはち)」「轡(くつわ)」などなど、色んな呼び方がありました
廓の管理をしお客さんへの気配りをし、そして遊女買い入れの資金調達などをしていました
特に大見世の経営者は、才知があり、それでいて冷酷で非情でなければ務まらなかった

有名なのは、滝川と花扇という吉原NO1・2を育てた扇屋の主人・宇右衛門
扇屋を一代で大見世にした人で、十八大通の一人でもあった


遣手(やりて)

廓の女たちのトコでも紹介しましたが、遣手になる女性は、ほとんどが遊女あがり

遣手は冷酷でなければ務まらず、イジワルな女性が多かった

現代でもたまーに使われる「遣り手ババァ」は、この頃の名残


女賎(げせん)

遊女斡旋人のこと。残忍な男が多く、牢屋に入るのを恐れる人はなることはできなかった
田舎へ行き、将来美人になりそうな娘を誘拐したりすることも平気で行った

有名なのは近江屋三八
家来を多く抱え、組織的に誘拐や遊女集めをした

ちなみに女賤のおもな仕事は「飢饉の村」へ行くこと
そこで可愛い娘を売ってもらうべく、親と交渉するのです
女賤は娘達を優しくいわたるような口調で話し、親たちの絶望をいやす術を持っていなければなりませんでした

そして多くの娘を買い取ることに成功すると、後ろに娘達を従えて江戸へと向かうのです

峠を越えていく小さい娘達、そして後ろを振り返りながら歩く幼い娘達
胸がつまる光景ですね・・・

廓芸者

酒宴の時に欠かせない芸のプロ集団
教養豊かなお客さんの前でも恥かしくないだけの芸を磨いていた
女芸者の中には遊女よりも有名なる芸者もいた
例えば廓芸者NO1と言われていた「いつとみ」
絶対に男に肌を許さず、芸一筋で生きることを誇りとしていたプロであります


若い衆・若い者(男性の裏方)

遊女屋で働く男のことをまとめて「若い衆(若い者)」と言った
そんな若い衆の中でも色んな仕事がありました
ちなみに、若い衆は浅草にある口入屋(就職紹介場所)の「大塚屋」を通して働きにきた
この大塚屋の仕事も岡っ引きなので、紹介されてやってくる人は一筋縄ではいかない人たちばかりだった

番頭・・・若い衆のリーダー。主に経理担当。現場監督を任されていた

二階廻し・・・初会や酒宴の設定をやる仕事。揚げ代の請求など、客接待係りでもある。奴楼の2階を取り仕切っていた
ちなみに、客のグチを聞くのも仕事

中部・・・大きな見世で定員3名と決まっていた。掃除や雑用など

飯炊き・・・ご飯を作る人のこと。定員一名

風呂番・・・遊女が入るお風呂を見張る係り。ほかにも料理を運んだりする手伝いもしていた

不寝番・・・ねずのばんと読み、拍子木を持って時間を知らせる係り。他にも行灯の火が消えないようにチェックし、部屋を回って油を入れたりするのも仕事

見世番・・・遊女の雑用係。遊女が花魁道中する時に提灯を持ったり、雨が降っているときは、遊女が濡れないよう傘を持って後ろを歩いたりした

物書き・・・証文を書く役目の人

掛廻り・・・お客さんの掛け金を集める役目の人


女性の裏方

針子・・・吉原の裁縫係。大きな見世では定員3名




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