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日本の女性史



         


明智熙子

明智光秀といえば、織田信長を本能寺の変で殺した人
その後、すぐさま豊臣秀吉に討たれ、「三日天下」や「主君殺しをした人」など、どっちかというとヒール(悪役)イメージがありますが、実はこの人、知れば知るほど魅力溢れる人なのです

そして、そんな光秀の妻・熙子も知れば知るほど好きになってしまう歴史上の人物であります

熙子は美濃の小さい豪族の娘と言われていますが、光秀と同様ホントのところはナゾ

ですが結婚する際の、光秀と熙子のエピソードは有名です

というのも、熙子と光秀の結婚が決まってからすぐ、熙子が疱瘡にかかり顔があばただらけに
父親は「こんなひどい顔の娘を嫁に出すことはできない」と、熙子と顔が似ている妹を光秀の嫁にと差し出したのです

が、光秀はこれを身代わりと見破り、「顔の善し悪しは関係ない。歳月や病気で顔はいかにでも変わるものだ。だが心の美しさはなかなか変える事は出来ない」と、身代わりを送り返したのです

父親はその光秀の心の広さに感動しました

そして今度は本物の熙子がやってきたのです

こうして二人は貧しいながらも仲むつまじい夫婦となりました

さてお次は、光秀がまだ織田家に仕える前、諸国を旅していた頃のエピソード

この頃の習慣で「汁事」という、仲間を家に呼びお酒や肴で接待するという習慣がありました
順番に回ってきて、とうとう光秀の番に

が、光秀の家は貧乏だったので仲間に接待してあげる余裕がない
光秀は悩みに悩んでいましたが、とうとう当日になってしまいました

重い足取りで家についた光秀

そして家に帰ってビックリ!そこには見事な料理が並んでいたのです
仲間たちはみんな満足して帰っていきました

光秀は「どうしてこんな料理を作れたのだ?」と不思議顔
が、熙子の頭にまいていた手ぬぐいを見て、悲しい顔に

そうなのです。熙子は自分の美しい髪の毛を売って、そのお金で皆をもてなしたのです

こうして光秀は熙子に感謝し、そしてまた熙子も光秀を支え続けていったのでした

そんな光秀が織田家に仕えてからノイローゼ気味に・・・
この時の熙子はどのような思いで大切な夫を見ていたのでしょうか・・・

光秀が秀吉に殺されてから、熙子は娘とともに自害したと言われております









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