伊賀忍者のところでも紹介しましたが、もともとは伊賀と同一の忍者でした それが荘園制度の際に「荘官」となった頃から分裂したと言われています 伊賀忍者との違いは医療・催眠術・気合術など独特の忍法を編み出しているということ 甲賀が歴史の表舞台に出てくるのは六角氏との関わりから 室町幕府九代将軍義尚(よしひさ)の時代、室町幕府は貧乏で権威がなくなってきていました ここで力のあった守護・六角高遠が出てくるのです 高遠は南近江や比叡山のある領地を欲しがった。ここで甲賀の地侍が六角氏の味方をしたのです この味方した地侍を「甲賀五十三家」と呼びます 甲賀の人々は六角家のためにゲリラ戦などを行い、五十三家のなかの二十一家は六角家から感服状を貰いました こうして甲賀の人々は六角氏の庇護を得て。諜報や戦闘にと活躍するのです が、そこに出てきたのが天下の覇者織田信長でした さすがの六角氏も織田信長には勝てず六角氏は滅亡したのです 甲賀の人々は織田家へつくことに が、信長が死ぬと徳川家へつくのです 主君をたくみに替え生き残っていった一族なのでした
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