江戸っ子が憧れていたもの・・・
ジャンルを問わず、いろんな「憧れ」を紹介
江戸生まれの江戸育ち |
江戸っ子は「生まれ」にとーってもこだわっていました
田舎物を「浅葱色」とかいって馬鹿にする傾向があり
というか、美意識が強く野暮ったいのが嫌いだったんですねぇ
ってことで、旅に出かけたなんかも、地方の人にたいして「おれは江戸生まれの江戸育ちだぜ!」と威張る人もたくさんいました
いつしか、武士までもが「江戸っ子」というようになり、自称江戸っ子がいっぱい現れました
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粋でいなせ |
江戸っ子の美意識は「粋でいなせ」
粋の深川 いなせの神田と言われるくらい、粋といなせに憧れてました
ちなみに深川の粋は、遊ぶトコがたくさんあったので、色っぽい人が多いから
いなせの神田は、職人さんが多く威勢のいい人が多かったから
粋というのは、「心意気」のことで、意地でも張り通す精神のことを粋
いなせは、粋と似てますがそこに気風と、威勢をプラスしたような意味
江戸っ子は粋でいなせ、そして張りを最大の美意識としていたのであります
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通(つう) |
いわゆるその道の達人のこと
現代でも使うよね
江戸では、趣味や遊びに通じてる人のことを「通」と呼び、みーんな「通」と呼ばれるのに憧れていました
特にみんながなりたかったのは「遊びの通」
が、遊びには(吉原とかに行くことだよ)お金がすっごいかかるので、通=ある程度のセレブなのです
まとめますと、通っていのは「心意気もよく、色の道にも詳しい遊び上手。人情があり、粋でいなせ」
ということで、フツーの庶民はなかなか「通」にはなれなかったんですねぇ
めちゃめちゃすごい通のことを「大通」と言います
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ブランド物 |
粋でいなせな江戸っ子は、ブランド物がすき
人の持っていないものを、誰よりも早くゲットすることがすきだったんですねぇ
どこどこの煙草入れがカッコイイとか、インポート物(中国とかね)とかが大好きでした
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歌舞伎役者 |
江戸の流行発信地・歌舞伎は江戸っ子の憧れが詰まった場所であります
役者が着た衣装の色や柄、髪型など、まさにマネしたいNO1
が、歌舞伎は値段が高く、庶民には贅沢だった
庶民は小芝居を見て楽しんでいたのであります
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花 魁 |
花魁とは、吉原遊郭の最高級の遊女のこと
一般人には手が届かないスター中のスターでありました
吉原に入るのはタダなので、江戸っ子は吉原に行き、花魁道中する大スターにうっとり・・・
んでもって、下級の遊女と遊ぶわけです
一生に一度は・・・と、花魁に会いたくてお金を貯め、一度だけ会って自殺した人までいます
ちなみに最高級女優は時代によって呼び方が変わります
太夫とか傾城(けいせい・城が傾くくらいお金がかかるからという意味)
ま、このへんの呼び名はあまり気にしないでくださいな
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大江戸遊び人軍団 十八大通 |
大通というのは、通の最上級の人たち
まさに超いけてる遊び人
元禄バブルの頃、この大通が18人集まって「十八大通」とういグループがありました
メンバーの職業は金融業(当時は札差っていうんだけどね)
この人たち、すごい派手派手ファッションに身を包み、毎晩吉原で豪遊しまくった
江戸っ子たちはみんな「いいなぁ〜」と、彼らに憧れていたのであります
が、元禄バブルがはじけると、彼らは消えてゆきました・・・・
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キャラクター商品 |
お江戸のスーパースター・歌舞伎役者の人たちと商店とのコラボ商品は、江戸っ子に大人気でした
例えば仙女香というおしろいは、ファッションリーダーの三代目瀬川菊之丞の別名・仙女路考(せんにょろこう)からつけたもの
また、松たか子の祖先・松本幸四郎は今でいうタレントショップを開き、キャラクター商品を売って大人気となりました
現代でも人気タレントは色んな商品を出して人気になってますが、江戸時代にも人気タレントは商売にひっぱりだこだったのであります
で、江戸っ子はみーんな彼女(彼)らに憧れ、キャラクター商品を買っていたのです
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ライバルは関西人!? |
江戸っ子はぶっちゃけ商売が苦手
流行や風俗は江戸っ子が主導権を握っていたけど、どーしても勝てないのが「お金儲け」
江戸の大商人の多くは大阪や近江・伊勢の出身で、生粋の江戸っ子は、商売にかけては上方には勝てなかったのであります
負けず嫌いの江戸っ子は、ジェラシーからかこんな事を言ってました
「野暮がいるのは箱根から向こう。江戸にはいない」
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旅 |
江戸っ子の憧れ「旅」
近場では富士山が大人気でした
また一生に一度は「伊勢参り」に行きたいと願っていました
全財産をはたいて伊勢参りに行く人もいました
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