お江戸のアウトロー・・・つまりワル
無法者のアレコレを紹介
江戸のチーマー(古・・・)旗本奴 |
タチの悪い不良集団のこと
カブキ者集団
伊達な衣装を着流し、江戸の町を闊歩し、ケンカばっかしてた
チーム内はおもに旗本の次男とか三男がいた。ナゼ長男はいないのか?というと、長男は家を継ぐから
次男・三男は跡を継げないし、かといってやることもないしぃ〜ってコト
しかも旗本の息子なので、ある程度お金も持ってるからタチ悪い
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旗本奴の対抗馬・町奴 |
旗本奴に対抗してできた集団が町奴(まちやっこ)
旗本奴がお坊ちゃま勢なのに対し、こっちはどっちかというとビンボー系
が、やることは一緒
ケンカばかり
ちなみに超有名な町奴は幡随院長兵衛(ばんずいいんちょうべえ)
口入屋(くちいれや)という職業斡旋をしてた人
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かぶき者 |
かぶき者というのは、江戸初期くらいにいました
戦国から江戸になったばっかなので、不安定な世の中からリストラされたりした旗本なんかがなったパターンが多かった
織田信長や前田利家もかぶき者と言われており、まぁとにかくハチャメチャな人たちのことです
バリバリの硬派なかぶき者は、女のお尻を追いかけるようなことが大嫌いで、男色(ゲイのことね)の道へ進む人が多かった
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ヤンキー坊さん |
江戸時代にはお坊さんでもヤンキーがいました
たとえば浅草寺で修行する人たちの中で、荒くれ者のことを「伝法者」といったり、場所によって坊さんチーマーが数多く存在していたのであります
が、このヤンキー坊さんたちのやることは意外とセコく、境内で開催される芝居の入場料を踏み倒したりすることくらいでした
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超強い〜 相撲崩れ |
江戸時代の力士は、今の力士と違って腕っ節が強くて気性が荒い人が多かった
力士として成功すれば、のちに藩主に雇ってもらえるけど、やっぱり途中で挫折したりする人が多かった
そんな力士崩れは、タチが悪い
というのも強いし気性が荒い・・・
ということで、やくざのボスになったり、無宿佐助(むしゅくさすけ)という力士のように、賭博の世界にハマり、さらには強盗になったり・・・
なまじ強いだけにタチが悪いのでありました
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皆が怖がった雲助 |
雲助(くもすけ)というのは、めちゃくちゃ日焼けしていて髪の毛がボサボサでお風呂にも入らない不潔な人のこと
冬でも上半身裸で、宿場の裏にたむろしており、いつもお酒を飲んで博打ばかりしていて、旅人から恐れられていた
が、実はそんなに恐ろしくない人たちだった
見た目が怖いので、旅人はかなり怖がっていたんだけど、強盗するわけでもなく、ただ飲んで博打うってるだけ
ある意味、誤解されまくっていた人たち
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実はスパイか!?虚無僧 |
虚無僧ってのは、ふかーい編み笠をすっぽりかぶって顔を隠し、尺八をピーヒョロと吹きながら歩いてる人
どうやら江戸初期に生まれたらしい
関ヶ原の合戦で負けた浪人なんかの多くが虚無僧になり、また顔をスッポリ隠して誰が誰だかわかんないので徳川のスパイだとも言われています
この人たち、勝手に虚無僧掟書という法律を作っちゃっいました
内容は
・虚無僧は相撲観戦の入場無料
・虚無僧になれるのは元・武士だけ
などなど
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江戸のゲイ・バー 陰間茶屋 |
少年専門の売春宿のこと
お客さんは女犯禁止の僧侶が多かった
なぜ陰間という名前かというと、歌舞伎修行中のことを「陰の間」と言うから
陰間茶屋には歌舞伎役者になりたい美少年たちがわんさか
年は7歳から18歳くらい
吉原遊女に負けないくらい高給取りもいたらしい
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ばくち打ち |
その名のとおり、博打(ギャンブル)で生計を立ててる人たち
ばくち打ちの生計の手段は、賭博場を開いてそこで利益をあげること
もちろんイカサマしないと儲けれません
かといって、イカサマがお客さんにバレたら大変!もう二度と来てくれないし、評判も悪くなる
ってことで、ばくち打ちはイカサマ技術をかなり勉強するワケです
この時代の博打の代表なのは「サイコロ賭博」
半!丁!とかけるやつです
サイコロ賭博では、お店全体がイカサマ仕掛け人となる「穴熊」という手法でかなりカモってました
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プライドの高い江戸のスリ |
江戸時代のスリは、自分のテクニックにプライドを持ってました
「強盗」とは一緒にしてほしくないってのがホンネ
先輩から数々のスリテクを教わり、「オレのスリの仕方は芸術的!」と自負してたのであります
ちなみに関西のスリは凶器を使う場合が多かったけど、江戸っ子スリは「指先」だけでスルのが美徳
刃物を使うなんて邪道と思ってました
スリにもプライドがあるってのがおもしろいですねぇ
もうひとコネタ
スリは四回捕まると打ち首だったので、無事に30歳を過ぎたスリは伝説になるらしい
伝説になったスリは「お坊主小兵衛」や「髪結の助」など
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