日本の女性史



         


比嘉和子

初めてこの事件を知った時、ハガクレは人間の恐ろしさにゾっとしました
極限状態に置かれた人間
生々しい男女の本能をあらわにした事件なのです・・・


事件の舞台はサイパンから150キロはなれた島・アナタハン島
そして事件の主役は比嘉和子という女性です

和子は大正11年に沖縄の農家で生まれました
両親を幼い時に亡くし、14歳で大阪の紡績工場の女工となりましたが、長続きせず沖縄へ戻ってきました

昭和13年にサイパンに出稼ぎに行っていた兄を頼り、隣の島のバカン島の食堂で働くことに

ここでコプラ栽培の会社に勤めていた比嘉正一と結婚しました
そして正一の転勤により、アナタハン島へ
この時、正一28歳、和子は23歳でした

アナタハン島には、同じ会社の所長である比嘉菊一郎夫婦が住んでおり、二組の日本人夫婦はアナタハンの原住民を雇い、平和に暮らしておりました

が、日本では戦争が始まり、昭和19年にはサイパンも戦争の激戦地となっていった

心配になった正一はバカン島にいる実姉を呼び寄るためバカン島へ
一方、菊一郎夫婦は、妻と子供をサイパン島へ疎開させたのです

その二日後、アナタハン島は米軍の空襲を受けました
家は全て焼かれ、残っていた和子と菊一郎は慌ててジャングルへ逃げ込んだのです

2人はすさまじい爆撃の中、必死で逃げました
が、この時、和子は妊娠五ヶ月だったのです
強烈なショックを受けた和子は、流産してしまいました
そしてこの流産が原因で、二度と子供が産めない体となってしまったのです

空襲がやっと終わり、和子と菊一郎は自分達の家へ
が、そこには焼かれた家が残っており、和子のささやかで幸せだった南の島の生活が終わってしまったのです

焼け跡には、和子が耕していた農園の一部と四十匹の豚・そして二十羽の鶏がかろうじて残っていました

そこへ怪我人を含めた31人の日本人の男がアナタハン島へ上陸してきたのです

彼らは日本からトラック島にいる日本部隊のために、物資調達をするためにやってきた漁船の乗組員でした
ちょうどアナタハンの近くを通りかかった時に、空襲にあってしまい、漁船は撃沈されたのです
そして命からがらアナタハン島に泳ぎ着いたのが31名だったのです

和子と菊一郎は、この非常時に同じ日本人に出会えた事を素直に喜びました
そして食料を分け与え、怪我人の看病をしたのです

が、もともと食料の乏しい島であるアナタハンではすぐに食料が底をついてしまった
豚や鶏も三ヶ月で全て食べてしまったのであります

食糧難に陥った33人は、小さな集団に分かれて生活を始めました
が、のちに一人で暮らす人が出てきた
大勢で一緒の場所にいると、たちまち食料が食い尽くされてしまうからです

アナタハンにある食料はヤシやバナナ
でもそれだけでは生き延びることはできないので、オオトカゲやネズミを追い掛け回す生活が始まった
コウモリまでもが食料となった

毎日、食べるための戦いが繰り広げられていったのです

魚を取ったり、木の上にある巣から卵をとったり、みんな生きていくのに必死だった
身だしなみなんてかまっていられない
和子は上半身は裸で、木の皮で作った腰ミノのみ
男たちは適当な葉っぱで前を隠しているだけ

さて、そんな中、ヤシの樹液から強いお酒を醸造する方法を原住民から教えてもらいました
「トバ酒」というもので、このアルコールで不安をぬぐっていったのです

が、酔っ払うと今まで押し殺してきた性の本能が出始めてきたのです
もちろん性の対象は、たった一人の女性・和子であります

さらに原始人的生活も次第に慣れてきたのか、気持ちに余裕が出てきていたのです

男たちは、和子と菊一郎は同じ苗字だけど夫婦ではないということがわかってきました
そのため「夫婦じゃないなら、オレにもチャンスがあるんだな」と思うようになってきたのです

和子は、自分を見る男たちの目が変わってくるのがわかってきていた
そのため菊一郎に「とりあえず形だけでもいいから夫婦として一緒に暮らしてくれない?」とお願い
そして2人は同居生活を始めることにしたのです

31人の男たちの不満は募るばかりだった

さて、2人は同居生活を始めましたが、菊一郎は和子に指一本触れませんでした
他の男たちに嫉妬されるのが怖いのか、はたまた律儀な性格なのか、とにかく何も手出ししなかったのです
すると和子はそれが不満になってきた
そして和子から菊一郎を誘い、とうとう関係を持ったのです

すると菊一郎の態度が今までからガラリと変わった
和子をめちゃくちゃ愛し始めたのです
そして嫉妬心がすごいものになってきました
和子が少しでも妙な態度を取ったもんなら、殴る蹴るの暴力を振るうようになってきたのです

そんな嫉妬に疲れた和子

とうとう25歳の一人の男と関係を持ったのです
そして2人で山中深く逃げましたが、結局みんなに探されてしまいました

が、このことが引き金になって和子を巡る男たちの行動が活気づきはじめたのです
「オレにも和子をいただくチャンスがある」と・・・

ある日、山の中で墜落した米軍のB29を和子が発見しました
この中にピストルや食料が入っていたのです
落下傘もあったので、シャツやパンツを作りました
みんな人間らしい衣服を着れた事におはしゃぎ

が、2つあったピストルの処置をどうすればいいのかが問題になってきました
(ほんとは3つあったんだけど、1つ壊れてた)
原始人のような生活をしていた31人にとって、ピストルを所有するということは31人の立場に上下関係が生まれるかもしれないからです

結果このピストルは銃器に詳しいAと、Aの親友のBが所有することになりました

八ヵ月後、事件がおきました
なんと日ごろから和子にしつこく言い寄っていた男を、Aが撃ち殺したのです
皆が事の成り行きを見ていましたが、Aからピストルを取り上げることはしなかった

というか、この頃になるといつまでも続くだらだらとした生存競争に疲れていたのかもしれません
また、食べ物のことや和子のことを巡って些細なことでケンカばかりしていたので、人が一人殺されようが、どうでもいいような感情になっていたのでしょう

そのうちAは権力者気取りになってきました
そして和子に「オレの女になれ。菊一郎が承知しないっていうなら、オレはあいつを殺す」と言ったのです

和子はこの事を菊一郎に言うと、「オレは殺されたくない。お前はAのところに行け」と言ったのです

こうして和子は菊次郎公認でAと暮らすことに
そしてもう一人のピストル保持者であるBとも一緒に住むように
なぜか4人で一緒に住むことになったのです

が、またも事件が
今度はAとBが酒を飲んでケンカになり、Aが「貴様を2.3日中にぶっ殺してやる!」と言ったのです
するとBがAを射殺したのです

Bは菊一郎のもとへ行き「一生のお願いです!和子さんを僕にください!僕はもう和子さんがいないと生きていけません!」とお願いをしたのです
和子はBとクラス用になりました

が、三ヵ月後、Bが突然死んでしまったのです
死因は高波に飲まれたとされていますが、確かなことはわかっていません
菊一郎がBを殺したとも言われています

さて、AとBが死んだので、ピストルは菊一郎とCという男性のもとへ

Cは和子より5歳年下で、常に和子を狙っていたので、AとBが死んだのをいいことに和子に言い寄ってきました
そして今度は和子・菊一郎・そしてCの三人の生活が始まっていったのです

男たちの間では「ピストルを持っているやつが和子の肉体を手に入れることができる」というムードになっていました

和子と菊一郎・そしてCの共同生活が一ヶ月ほどたったころ、なんとCが菊一郎を撃ち殺したのです!
理由は「最初から和子と一緒にいていい思いをしていたから」

Cは皆に「菊一郎はバナナを食べ過ぎて死んだ」と言いましたが、もちろん誰も信じませんでした
こうしてCは二丁のピストルを手に入れたのです

さてさて、和子はとりあえずCと一緒に暮らしていましたが、その間も和子を巡ってケンカだらけ
2人の男が死んでしまいました

実はこの頃すでに戦争は終わっていました
が、アナタハン島の近くでは時々使わなくなった古い爆弾を爆破する作業が行われていた
その音はアナタハンにいる皆に聞こえており、まだ戦争は続いていると思っていたのです

和子はCと一緒に暮らしておりましたが、ある日別の男に突き殺されてしまいました
皆、原始的生活に慣れてきており、そしてこの生活にうんざりしている状況の中の出来事でした

Cの殺害をきっかけに、一番年長者のDが残った人たち全員を集めた
そしてこれ以上殺しあいをするのはやめようということになったのです
この話し合いでピストルの没収が決まり、二つとも海へ捨てることになりました

さらにもう一つは和子に「夫」を決めさせようということになったのです
和子を巡る争いが続いているので、和子自らが一人の男を選び、結婚式を行い、それ以後は誰も和子夫婦の邪魔をしないということになりました

そして和子が選んだのは、かつて一緒に駆け落ちをしたことのある人でした
以後、Dと呼びます
こうして和子とDは結婚をすることになりました

が、結婚し、邪魔をしないと約束をしたというのに、彼女をあきらめることの出来ない男性が沢山いました
Dのいない時に和子に会いに行き「Aを殺してやるからオレと一緒になってくれ」と言ったり

和子はとうとう決心しました
Aに残された短い書置きを残したのです
「私がいればあなたは危険です。わたしは誰もいない世界へ逃げていきます」

男たちはそれを見ると必死で島中を探しました
和子の方も必死で身を隠す場所を探した

こうなってくると男たちの考え方も変わってきた
というのも、彼らはまだ戦争が続いていると思っているので、和子が国を裏切りアメリカに降伏し、そしてその話を聞いたアメリカ軍から爆撃されたらたまったもんじゃない!
こうして皆必死に和子を探しまくったのです

昭和25年6月28日 アナタハン島の近くを巡回していた「ミス・スージー号」は、島に人影を発見した
腰にバナナの葉を寄せ集めて作った腰巻をつけ、けんめいに白い布を振り救いを求めているのである

スージー号は驚いた
終戦間際にこの島の住民は全て米軍の手によって保護したはず
なぜこの島に人がいるのか?

翌朝、スージー号はボートを一隻出してその不振人物を救出するべく向かった
そこにいたのは焼けた肌をあらわにし、疲れきった女だった
そう、和子だったのである

和子から事情を聞いた米軍は驚愕した
そしてこのニュースは全世界へ流され、和子は悲劇のヒロインとして一躍有名人となったのである

戦争が終わってから5年経っていました・・・

和子は沖縄に帰った
が、かつての夫はすでに新しい家庭を築いていた

そして当時の日本に「アナタハン・ブーム」が広がった
それは全て和子にとって不名誉なものばかり
「アナタハンの女王」「女王蜂」「三十二人の男を相手にハーレムを作った女」「本能という名の島アナタハン」

沖縄にいた和子は「私は女王蜂ではない」と、東京へ行き、マスコミに全てをぶちまけることに
が、マスコミは和子をやはり非難していた
そして和子もまた、それに応えてしまうような軽率な言動を起こしてしまう

まず、金儲けのために和子を劇場に出そうという人が現れた
しかもその劇場はストリップが行われるような劇場であった
そして今度は「アナタハンの真実はこれだ」という映画を作ることに
これは一応当たったが、ブームというのはすぐに過ぎ去っていく

マスコミや興行主に利用されるだけされてしまい、飽きられた和子
その後は、各地を転々とし、次第に世間から忘れられていったのである

戦争・そして孤島・飢え・本能をむき出しにした男性たち、生きていくために必死だった和子が、なぜストリップまがいのことをし、「あれがあの女王蜂か」という男たちの興味と忍び笑いの中、堕ちていかなければならなかったのか?

なんだか、気の毒な女王蜂の転落ぶりであります・・・









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