明治10年 1877年



明治10年 1877年 年表
1月 浅草で「てんぷらお茶漬け」屋さんが出来る

1月18日 アメリカ人メリマスら横浜本牧でアイススケートを行う

1月30日 鹿児島私学生徒が海軍造船所を占拠 

2月3日  西南戦争勃発

2月10日 交通事故のもとになるってことで、羽根突き・凧揚げ・コマ遊びが禁止

2月15日 西郷隆盛が挙兵(西南戦争始まる)

2月19日 西南戦争に関する流言・噂話の新聞掲載を禁止!!

江戸っ子は西郷さんびいき

江戸っ子の流れをひく東京市民はというと、実は西郷さんを応援してました

西郷さんは江戸幕府を倒した張本人で、東京市民にしてみれば「敵」なはずなんだけど、以上に人気が出てきたのです

というのも、西郷さんが反政府のボスとなり、政府への不満や反発を全て吸収する形になっていたからなんですね〜

当時の東京は

・「徳川様のご治世」をまだ求めていて、田舎モノに天下を取られたことが悔しくってならなかった

・新政府のお偉いさんは薩長出身者ばかりでむかついてた

・士族に対して変な政策ばかりすすめて、貧乏にさせてた

などなど、いろーーーーーーんな不満がありました

そこへ敵だった西郷さんが政府に反旗を翻したので、大きなはけ口を見つけたんですね

西郷さんびいきは、「明治政府への反発の裏返し」なわけです

考えてもみれば260年以上ずーっと「将軍のお膝元」としてのプライドを持ち続けていた江戸っ子が、いきなり薩長がやってきて将軍様のお城だった江戸城を明治天皇の皇居にしちゃって、幕臣たちの家を全て奪い取っちゃった・・・・

江戸っ子にしてみれば、簡単に受け入れられない事実で、政府のことがむかついて仕方なかったんですね

それが今回の西郷さんびいきになったわけです

でもって、再び政権交代すれば、もしかしたら将軍のお膝元だった時代が戻ってくるんじゃないか??なーんて思ってたりもしたんですね〜

実は西郷さんびいき 勝海舟&福沢諭吉

東京市民は異常なまでに西郷さんびいきでしたが、実は幕臣にも西郷さんびいきがいました

幕府を倒した中心人物だった西郷さんに反感を持っている人がめっちゃ多かったんだけど、いまや明治政府に反発した西郷さんはもはや同じ立場

ということで、旧幕臣も西郷さんびいきになったんですね

代表的なのが勝海舟&福沢諭吉であります

勝海舟は明治政府に入ったんだけど、仲を疑われて大変だったらしいです

福沢諭吉は西郷さんと会うことはなかったんだけど、慶応義塾には薩摩藩出身者も多かったんですね

西郷さんも福沢諭吉の「学問のすすめ」を「これ、いいよ」と弟子たちにオススメしてたこともあり、何かしら気があったんでしょう

7月頃になると、福沢諭吉は「西郷隆盛の処分に関する建白書」を提出したりしてます

どっちにしろ、勝海舟や福沢諭吉も「明治政府どうなのよ?」みたいな気持ちがあったんでしょうね

フフフ・・・( ̄ー ̄)ざまみろ by東北諸藩の士族

東京は西郷さんびいきが多かったけど、ここで別の見方をしていたのが東北諸藩の士族たち

なんといっても会津藩なんかは、薩長にものすごいひどい目にあってたんで、西南戦争が始まった時は大喜び

「今回はこっちが官軍であっちが賊だ!天下晴れて敵討ちができる!」と、すすんで討伐軍に入ったのです

立場が逆転した東北諸藩の士族たちは、めっちゃ勇敢に政府軍に従軍したのでした

同じ徳川方でも、思いは全然違うんです

4月 吉原も外国流!?

吉原にある稲本楼で、室内を洋風にして、遊女に洋服を着させました

でも、人気はイマイチでした

4月12日 東京大学開設

4月24日 ロシアがトルコに宣戦布告!ルーマニアに侵入(露土戦争)

5月1日 博愛社(赤十字社の前身)創立

5月26日 木戸孝允死去

5月27日 矢筈嶽の激闘

6月11日 官軍 薩摩に攻め入る

7月 風月堂でビスケットが販売されました

8月 レモン水が発売されました

8月17日 薩摩軍の将佐々友房 官軍に

8月3日 巡査へ景気払い薬代として10銭が出た!ボーナスのはじまりとなる

9月 コレラが大流行!東京で400人以上が死去しました

9月 モース 「大森貝塚」を発見

9月24日 西郷隆盛自刃

でもまだ不安要素はたんまりですぞ
西南戦争は西郷さんの敗北で終わりました

東京市民の「また、昔のようになるかも・・・」といった淡い期待もこれにて終了となり、武力による士族の反乱はここで終わりとなります

でも、旧幕臣達の割り切れない不満感情はまだ続きます

これからは、「力がダメなら、今度からは言論で!」ということになってくるんですね

また、これにて藩閥政治の基盤も確固たるものになったのでした




10月17日 学習院開校

12月27日 新紙幣2700万円を発行して西南戦争の戦債を補うことに

この年の出来事

・大坂の小西儀助、ウイスキーの製造を始める

・横浜元町で「貸し自転車屋」が大繁盛

・ヒッパリ(老女の娼婦)が新橋に頻繁に出没