明治16年 1883年 |
明治16年 1883年 年表 |
2月4日 北畠道隆 日本人として初めてインドの釋尊聖跡を訪ね記念碑を建てる |
3月1日 初めて天気図が作成された |
3月15日 立憲政党解党 |
3月20日 高田事件 |
4月 浅草で「大女」の見世物が評判に |
が、ただ大きな女性の裸というだけで、特に芸がなかったらしい |
4月16日 西洋流の園遊会が初めて大隈重信邸内に催される |
(立憲改進党結党1周年祝賀、来賓者110数名) |
5月 女子学生が袴と靴をはいてることが風俗上問題あるんじゃないの?という論争が出る |
5月26日 初めて「暴風雨警報」が出た |
6月 派出所に天気予報が掲示されるようになる |
6月3日 海軍省でボートレースが行われた |
7月20日 岩倉具視死去 |
7月 四谷で火の玉が出るという噂が持ちきりに!!見物客が殺到 |
8月3日 伊藤博文ら帰国 |
10月12日 岸田俊子逮捕 |
岸田俊子が大津で「函入娘」の題で、女性の権利拡大演説を行たため、集会条例違反として逮捕されました |
11月28日 鹿鳴館が開館 開館式に名士1300人が参列 |
旧薩摩藩邸跡に、豪華な洋風建築「鹿鳴館」が開館しました 総工費16万円で、400坪以上あります なんで造ったのか??というと、もちろん外国人を接待するため。 ルネサンス様式を取り入れた鹿鳴館では、毎晩のようにダンスパーティが開かれるようになります ケド、これが外国人に大笑いされちゃいます というのも、外国のマナーを知らないため、モーニングを着用しないので入場を断られてたり、廊下で大声で話しまくってたり、食事のマナーが悪すぎたり・・・ フランス人のとある海軍士官は「鹿鳴館の夜会は、公の笑劇だ」と、バカにしてました |
12月12日 山県有朋 内務卿に任命される |
一夫一婦主義 お妾さんがブーム |
この年、一夫一婦主義により、権妻制度が廃止されました 今までは正妻と権妻(愛人みたいな感じ)の2人の妻を持つことが許されていたんだけど、これからはダメってことに ということで、ちまたのお偉いさんたちは「妾」を置くようになります |
この年の出来事 |
・書生・士族の子弟らの間に麦わら帽子流行し始める ・金融引き締めで物価が下落し、貧乏人が続出 ・バリカンが初めて使用される |